【マンガシナリオ】ノイズまみれの恋に溺れて ―感情ミュートな私の、恋の始まり。
第6話
■Scene 1:
4日目早朝 ―海

〈波音と薄明の空。朝焼けがゆっくりと空を染める〉
〈スピーカーを置き、緩い私服姿で踊る藍理。無音で軽く始め、音楽を流しながらゆったりと通す〉
〈リズムに乗ってステップを刻むが、表情にどこか苛立ちが滲む。〉

藍理(……なんでだよ)

〈スピーカーの音源を止めて息を整えながら、小さく笑う〉

藍理(真っ直ぐで、控えめなのに芯が強くて。どこか心配な後輩だと思っていた。あくまで後輩の一人として、目をかけていたそれだけのつもりだった)

〈これまで見てきた雫月のダンスと笑顔。それに確かに惹かれている様子を回想シーンで描く〉
〈夜の談話スペースの藍理視点。風呂上がりで楽しそうに会話を弾ませる七海と雫月。雫月はかなり笑顔で自然体に見える〉

藍理(他の男子と話してるの見て心配って、俺は親か)
藍理「はぁ……くだらね」

〈スピーカーを拾い上げようとして、視線に気づく。少し先で雫月が立っていて、視線が合う。藍理は動揺した様子で驚いて目を丸くする。すぐにいつもの笑顔をつくりやり過ごそうとする〉

藍理「盗み見?やだ、恥ずかしーい」
雫月「えっ……あ、あの、ごめんなさい。終わりですか?」
藍理「んー、そうね。そろそろおわろうかな」
雫月「そうなんですね……。もうちょっと、見たかったな」

〈雫月らしくない飾りのない言葉に驚いて足を止める藍理。その瞳にほんの少しの熱を感じ、雫月の気持ちを察する〉

藍理(あー……。目をかけすぎたかな。遊ぶ感じの子でもないしちょっと距離おかないと、か)

〈さりげなく背を向け宿へと戻る方向へ歩き出す。雫月は、藍理を呼び止める〉

雫月「まって、藍理さん。私、合宿最終日、頑張ってしっかり踊るから……」

〈藍理、立ち止まり、いつも通りの笑顔を作って、雫月を振り返る〉

雫月「そしたら……その……。褒めてください!」

〈「付き合ってください」くらいを想像していた藍理は、拍子抜けで一瞬驚いた表情をしたあと、くしゃっと自然に笑顔をこぼす。子供みたいな笑顔に、雫月の頬が赤く染まる〉

雫月「なっ、なんでそんなに笑うんですか……」

〈不服そうな雫月の元へ少し戻り、ぽんっと頭に触れる〉

藍理「褒めるだけでいいんだ?」

〈雫月、真っ赤な顔で戸惑う。その様子を見て藍理はまた楽しそうに笑う〉

藍理(……あーあ、かわいい。やっぱ俺なんかとは釣り合わないな)

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■Scene 2:
同日午前中 ―合宿スタジオ

〈音楽が流れる中、鏡を見て踊る雫月。その後ろ姿を見て、七海がぼーっと見つめている〉

七海の友人(小声で)「……見惚れてません?」
七海(小声)「うるせえな」

〈友人の方は見ないで雫月を見つめたままの七海。雫月は指先まで丁寧に、切なげな感情を込めて踊る。その前に藍理を見つめている描写があり、七海は恋心を察する。その感情溢れる踊りに七海も七海の友人も息を呑む〉

七海「……天才だよ」
七海の友人「あれは、すごいな」
七海(……こんなダンス、惚れない方がおかしい。藍理さん、どうかしてんじゃねーの)

〈藍理をほんの少しにらむように見つめる。藍理が気付き視線を向けると、七海は目の力を弱め、小さく会釈を返す〉

七海(手だれっぽい藍理さんがこんな分かりやすい感情見逃すはずない。脈なしか……。それならーー)

〈視線に気付き踊りをやめた雫月にニコリと微笑み隣に寄り添う〉

七海「本当に綺麗。感情こもってた。羨ましい表現力」
雫月「もう……大袈裟です。七海さん交代」
七海「あはは、一緒にやろうよ」

〈藍理の視線を感じ、わざと親しそうに振る舞う七海〉

七海(それなら俺がーー)

〈雫月の髪にそっと触れて、微笑む〉

七海「髪、乱れてる」
雫月「うわ、ほんとだ!直します……!」
七海「やってあげよっか?」
雫月「何言ってるんですか」(呆れた様子)

〈鏡に近づいて髪を結び直す雫月。七海はその隣に並んで楽しそうに笑う。周りから見たらかなり親しそう〉

〈少し離れた位置で、それを見ていた藍理。嫉妬をしている自分自身を誤魔化すように視線を逸らす〉

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■Scene3:
同日練習の合間の休憩時間 ―合宿スタジオ

〈珍しく囲まれることなく、ただひとりで踊り続ける藍理。真剣なオーラは、人を寄せ付けない雰囲気となり、ファンのような女性たちも少し距離を置いて見つめている。雫月もその一人だけれど、いつもと違う荒々しい動きに、少し不安になる〉

雫月「藍理さん、大丈夫ですか?」
藍理「あー……大丈夫だよ」

〈かばんの近くにタオルを取りに来た藍理に、声をかけるが、藍理は素っ気ない愛想笑い〉

雫月(……あ、やっぱ怒ってる。声、かけなきゃよかった)

〈雫月は少しショックを受けつつ、視線を落とす。その様子を見ていた沙耶がすぐにフォローに入り優しく微笑む〉

沙耶「朝から練習してたみたいだし、疲れてるんでしょ。ごめんね、雫月ちゃんちょっと冷たかったよね」

〈その言葉に、藍理が少し動きを止めて雫月を見る。雫月は反省しているような表情〉

藍理「いや、あー、雫月ごめん。そんなつもりなかった。……そうだな。ちょっと休んでくるわ」
雫月「あ、いえ……」
沙耶「もー……藍理!ごめん、本当に大丈夫だから!気にしないでね!」

〈そのまま藍理を追いかけ、並んで出ていく二人の背中。沙耶と会話をする横顔が本当に気を許している表情に見えて、最近よく聞く噂話を思い出す〉

雫月(入学して一発目に憧れた二人の先輩だもん。あの二人だったら納得しちゃう)

〈ずっと見つめていた雫月に気付いて、莉子が声をかける〉

莉子「あの二人、やっぱお似合いだよね。1年の時から仲良いんだって。昨年藍理さんが元気なかったときも、沙耶さんがずっとそばにいたらしいよ」
雫月「そうなんですね……」

〈雫月が、ぎゅっと自分のドリンクを握る〉

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■Scene4:
同日練習再開 ―合宿スタジオ

〈休憩から戻ってから、明らかに元気がない雫月に七海が音を止めて、声をかける〉

七海「ねえ、なんかあったでしょ」
雫月「え」
七海「振りに出てる。何考えてる?まぁ、なんとなくわかるけど……」

〈練習場内を見渡そうとする七海を慌てて止めて、雫月は小声で口を開く。バレバレすぎて、七海にはなんとなく口を開くようになってしまっていた〉

雫月「実はさっき、多分よくないタイミングで声をかけちゃって。棘のある藍理さん初めてだったからちょっと……気にしてます」
七海「うんうん、今日なんか様子違ったもんね。いま藍理さんは?」

〈雫月はさらに表情を暗くする〉

雫月「ちょっと休憩するって、沙耶さんと出ていきました。」
七海「あー沙耶さんね」

〈七海は色々察しよく状況を理解。沙耶は合宿中も周りを見て頼れる存在として慕われている。同じジャンルの七海は去年からお世話になっているため、納得したように頷く〉

七海「なるほど、それは確かに気になるね」
雫月「気になる、というか……」

〈ちょうど戻ってきた沙耶。言葉を止めると七海は周りを見渡す。一緒に戻ってきたのか藍理は早速女の子にかこまれていた。にこにこと対応する藍理が視界に入る。雫月が表情を暗くしそうになりながら、七海に気付かれないように無理に笑う様子。七海は少し苛立ち〉

七海「もうやめようかな……」
雫月「……え?」
七海「ううん?こっちの話」

〈雫月にはよく聞こえておらず、七海はにこやかに微笑む〉

七海「大丈夫だよ。前も言ったけど、雫月ちゃんの魅力は俺が保証する」
雫月「本当に優しいですね。お世辞……」
七海「じゃないから。その魅力に気付けないんだったら向こうが悪いくらいでいいんだよ」

〈言葉を遮るような七海は初めてで、雫月は黙る。予想以上にまっすぐ心に響く言葉に、雫月は顔をあげて驚いたように七海を見つめる〉

七海「本音だよ。だってきっと、気付ける人はきっと他にいくらでもいる。もしかしたら、もう近くにいるかもしれないよ?」
雫月「なんですかそれ、占い師みたいです」
七海「占い師七海だからね」
雫月「えー」

〈おかしくて笑ってしまう雫月に、七海も優しく微笑む。雫月は元気をもらえた様子で、またダンスの練習を始めた〉

七海(……決めた。応援はもうやめる。あんなフラフラしてる人のこと向いてたら、この子は傷つくだけだ)

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■Scene 5:
同日。時系列は遡りスタジオを出ていったときの藍理 ―外の水道スペース

〈藍理が、冷たい水で顔を洗っている。その少し後ろで立つ沙耶。水を止めた藍理に、沙耶が慣れたようにタオルを差し出す。ノールックで受け取り顔を拭く〉

沙耶「珍しいね。そんなに表に出して」
藍理「悪い、助かった」
沙耶「……藍理さ、もう気付いてるでしょ」
藍理「……」

〈言葉数は少ないけれど、沙耶は雫月のことを言っていると藍理には伝わり苦笑い〉

藍理「沙耶にはバレバレってことか」

〈藍理の困ったような、眉を落とした笑顔に沙耶はどこか切なげな表情になる。迷いながら、震える唇で口にする沙耶〉

沙耶「……約束したでしょ。私には誤魔化さないで」
→回想へ

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■Scene 5-2:
【回想】藍理、沙耶1年生。沙耶目線

沙耶(同期でサークルに入った藍理の初めの印象は、チャラチャラしてて適当で苦手な人、だった)

〈学食で隣に座ってきた藍理に、怪訝そうな顔をする沙耶〉

藍理「沙耶って呼んでい?同期だし仲良くしようぜ!」
沙耶「そうだね」
沙耶(合わなさそ〜)

沙耶(だけど、そのガチャガチャしてる上面の底に、熱くて真っ直ぐな心があることは、隣にいたら直ぐに分かった)

〈ステージ前なのに振り揃ってないメンバーに沙耶がイライラする〉

沙耶(先輩の大切なステージなのに、信じられない)

〈焦ることもなくだらだらと練習する5~6人の男女。沙耶がイライラした表情で向かっていく。藍理が肩を叩き止める〉

藍理「俺が行くから」
沙耶「え?」

〈集団に紛れ込んでいく藍理を、沙耶は目で追う〉

藍理「おい、練習しようぜ〜」
男の子「なんだよ藍理、急に真面目」
藍理「だって俺、このステージ超楽しみなんだよ!バチッと決まったらかっこいーしさ、やろうぜ」

〈上手く馴染んだ藍理は、それぞれの振りを確認しズレているところを的確に伝え始めた〉

藍理「おー!めっちゃ変わるじゃん!それで揃うんじゃね?」
女の子「ここ、勘違いしてたわ!藍理さんきゅ〜!」

〈楽しそうに、ひとつひとつを修正していく様子に目を奪われる。ちらりと一瞬沙耶と視線を合わせてGoodポーズをする藍理。沙耶は赤面〉

先輩「藍理って、周り見えてるよな」
先輩「分かる、雰囲気も崩さないし。あー見えて練習態度も真面目だし」

〈聞こえてきた先輩たちの声に、沙耶は納得しながら藍理をもう一度見つめる〉

沙耶(私は、きっと空気を乱して、無理やり練習させることしか出来なかった。藍理は凄い。隣に並ぶことが増え、惹かれていった。)

〈半年前の冬。お酒には強いはずの藍理が、珍しく悪酔いしている様子。女の子とも関わらず、「涼みに行く」と一言言ってお店を出ていき、沙耶はそれを追いかける。〉

沙耶「どうかしたの?」
藍理「……いや、なんでもないよ」

〈電子タバコの煙を吐き出しながら、上面の笑顔を貼り付けて誤魔化そうとする藍理にブチ切れ〉

沙耶「舐めないで。そんな貼っつけたような顔で誤魔化せるわけないでしょ」

〈藍理は驚いたように動きを止め、少しの静けさの後藍理は口を開く〉

藍理「……代表になれって」
沙耶「ん?」
藍理「俺に、代表になれって言うんだよ。笑えるよな」
沙耶「なんで?別に普通じゃ……」

沙耶(正直、誰もが次期代表は藍理だと思っている。それほどの存在感と実力があるのに、藍理自身が何に悩んでいるのか理解できなかった。)

藍理「俺は、本気になるの苦手なんだよ。そんなやつが一番上なんて向いてるわけない」
沙耶「そう思う、何かがあったの?」
藍理「……ちょっと、歩くか」

〈タバコを捨て、歩き出した藍理。少し前を歩く藍理が、ずっと無口で、沙耶は何も言えず後を追う〉

沙耶(ふたりきりになる夜は初めてで、ドキドキした。こんなに静かな藍理も初めて)

〈珍しく家の話をする藍理。お酒に酔っている様子で、少し足取りも危うい〉

沙耶「ちょっと、歩いてて大丈夫なの?」
藍理「大丈夫大丈夫〜。いや、実はさ、俺の実家、ちょっとした会社をやってて。ずっと将来は会社を継げって、言われててさ」
沙耶「え、そうなんだ」
藍理「そうそう。だからまぁ、所謂教育家庭で、俺、超、優等生で生きてきたんだよね」

〈適当で、なぁなぁにみえる、常に笑っている藍理からさ想像できない姿で、沙耶は怪訝な顔をする。藍理はそれを見て可笑しそうに笑う〉

藍理「それでもまぁ、それなりに夢を見つけたり、好きな子ができたり、藍理少年に色々あったんだけど、ことごとく上手くいかなくて」

〈詳しくは語らない藍理だけど、歩道橋の上でふと足を止める。〉

藍理「最終的に、本気になるのが怖くなった。どうせ上手くいかない、応援もして貰えない。貰った気持ちにも応えられない。それなら、本気になんてならない方が楽なんじゃないかって、悟っちゃったわけ」

〈藍理は笑顔だった。いつもと変わらない。爽やかで楽しそうな笑顔。それが苦しくて沙耶はどうしてか泣きそうになる〉

沙耶「だからいっつも適当を装ってたの?」
藍理「装ってた訳じゃないよ。その方が楽で、もう正直自然とそうなっちゃうし、それが本当の姿だと思う」

〈歩道橋から下を通る車を見つめる藍理の横顔を見る。それに、メンバーへの声掛けを楽しそうに行う姿や、ステージで笑う姿が重なる〉

沙耶「でも藍理、本当はサークル好きだよね。確かに適当そうだけど、裏では色々気回してるの分かってるよ。多分先輩もそれに気付いてるからーー」
藍理「だとしても、代表は違う。代表がふらふらしてたら不安になる。俺はきっと、代表らしい振る舞いは出来ないし、何かがあれば逃げると思う」

〈一度も口角を緩めない藍理に、沙耶の目から雫が落ちる〉

沙耶「その、笑うのやめて。逃げられないからいま、苦しんでるんでしょ」

〈藍理が振り返り、沙耶の潤んだ目を見て初めて口角を落とす〉

藍理「沙耶?」

〈沙耶は涙を拭いとる〉

沙耶「藍理の根っこの部分はずっと正直に、本気でやってるんだよ。それが分かってるから‪、私は絶対に藍理が代表で不安になることはない」

〈溢れてくる涙をもう一度拭って押さえ込み、挑戦的な目で藍理を見つめた〉

沙耶「私を副代表にして。私が真面目な部分は引き受ける。藍理は、代表として堂々と適当やってくれたらいい。藍理の思いはきっと隠しきれずにみんなに伝わるから心配いらない」
藍理「……はは、やべーな。泣きそう」

〈手すりにおいた腕に頭を垂れて涙を隠す藍理。顔を覗き込むと、ほんの少し潤んだ瞳と目があって、一瞬熱っぽい時間が流れる〉

藍理「さんきゅ、沙耶」
沙耶「別に。珍しく弱ってたし。こんなときに藍理ガールズがいたら良かったね」
藍理「いや、沙耶で良かったよ」

〈苦笑いしながらの藍理の自然な一言。女の子に向ける甘い台詞は苦手で引いているけど、この言葉は沙耶に刺さり赤くなる〉

沙耶「代表になるってなったら、きっと藍理は色々悩むと思うから、これだけ約束して」

〈藍理が顔を上げ沙耶と視線を合わせる〉

沙耶「私には、適当で誤魔化さないでほしい」
藍理「優しすぎんだろ、さすがに俺のこと好き……?」

〈手を広げ、ハグをしようと近づく藍理。内心ドキドキだけど、手を払う〉

沙耶「は?何言ってんの?」
藍理「だよな。沙耶はちげーよなぁ。酔い冷めたわ(笑)」

〈可笑しそうに笑う藍理に少し切なそうに眉を下げて笑う沙耶〉

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■Scene 5-3:
(現在)水道付近で話す藍理と沙耶

藍理「多分、好きなんだと思う」

〈藍理の言葉に、沙耶は少し目を開き、小さく口角を緩めて微笑む〉

沙耶「まだ怖い?」
藍理「怖いよ。恋愛なんて、もう何年も本気でやってこなかったしな」

〈遠い目をする藍理。その先には「上手くいかなかった」と表現していた過去の恋愛があるのを悟る〉

沙耶「過去の恋愛は知らないけど、比較しないで、雫月自身を、見てあげてもいいんじゃない?」
藍理「……いや、だとしても、俺に雫月は勿体無いよ」

〈会場の開かれたドアの奥で、真剣に練習する雫月を捉える。愛しそうであり、切なそうな表情〉

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(第6話終了)
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