男装聖女は冷徹騎士団長に溺愛される
「言葉がわからないのか?」
私は頭を振った。
わかる。言葉はちゃんとわかる。
ただ状況が飲み込めなくて、意味がわからなくて。
自分の口から出た声が驚くほどに震えていたことを覚えている。
「ここは、どこ……?」
限界だった。
私はその場で泣き崩れた。
声を出したことで、張り詰めていたものがぷつりと切れたようだった。
(今考えると、ほんとありえない)
それまでの人生で人前で泣いたことなんてただの一度もなかったのに。
なんという失態。
(しかも、あの男の前で……っ)
そのときのことを思い出し、私は強く拳を握り締めた。
その男はこの国の騎士だと言った。
見た目は20代半ば程。眉間に皴が寄っているせいでもっと上にも見えた。
髪はごく見慣れた黒髪で、しかしその瞳の色は森の中のような深いグリーンだった。
彼は私を馬に乗せ、近くの村へと連れて行ってくれた。
元々その村で一泊するつもりだったという男は、宿の一室で私の話を聞きその強面を更に険しくした。
「この辺りには聖女の伝説がある」
「聖女?」
「聖女は異世界から現れ、絶大な力でその国を繁栄へと導くと云われている」
「異世界から……本当に、ここは日本じゃないんですか?」
「お前の言う『ニホン』や『アメリカ』など聞いたことがない」