契約母体~3000万で買われた恋~
「もちろん、返事は急がないわ。」

麻里さんは、最後まで落ち着いた口調だった。

「理央さんの気持ちも、あなたの気持ちもあるしね。」

そう言うと、椅子を静かに引いて立ち上がった。黒いコートの裾が揺れる。

「もし気が向いたら、連絡をください。」

そう微笑んで、テーブルに一枚の名刺を置いた。

その裏には、丁寧な字で携帯番号が記されていた。

去っていくその後ろ姿を、私はしばらく見つめていた。

気品と冷たさが同居した、完璧な女性だった。

残されたのは、真壁課長と私。

言葉が見つからず、私は手元のグラスを指でなぞる。

「……すまない。妻が、変なことを言い出して。」

静かに、課長が口を開いた。

「いいえ。」

私は首を横に振った。

「奥様の気持ちも、分かる気がします。子供が欲しいという想いは……他人が簡単に否定できるものじゃないから。」

私の言葉に、課長はしばらく黙ったまま、グラスの中の水をじっと見つめていた。

外の街灯がにじみ、レストランの窓辺に夜の静けさが降りてくる。

“変なこと”なんかじゃない。

でも――とても、重たすぎる。
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