野いちご源氏物語 三一 真木柱(まきばしら)
三月になって、六条(ろくじょう)(いん)の春のお庭では(ふじ)山吹(やまぶき)が咲き乱れている。
山吹のように華やかだった玉葛(たまかずら)尚侍(ないしのかみ)様のことを源氏(げんじ)(きみ)は思い出して、夏の御殿(ごてん)へいらっしゃった。
こちらのお庭では山吹がさりげなく咲いている。
「あなたをずっと恋しく思っているのですよ。誰にも言えませんけれどね。目を閉じればあなたが浮かぶ」
つぶやかれたお声は春の夕暮れに()けていく。
返事をしてくれるはずの女君(おんなぎみ)はもういらっしゃらない。
<本当に私から離れていってしまったのだ>
やっと実感が()いてくるの。

(かも)が卵をたくさん生んでいるのをご覧になって、尚侍様に贈ることになさった。
黄色い紙で包んで(たちばな)()のように見せ、さりげなくお届けになる。
お手紙はいかにも父親ぶってお書きになった。
「思いがけなく長くお目にかかれませんことをお(うら)みしております。夫君(おっとぎみ)のお考えもあるでしょうから、特別な機会にしかお会いできそうにないことを残念に思います。たしかに我が家でお世話していた方ですのに、いったいどなたが持っていってしまわれたのだろう。ずいぶん大切に隠しておられるらしい」

右大将(うだいしょう)様はめざとくこのお手紙をお見つけになった。
「結婚した女はよほど特別なときにしか父親に会わないものです。まして源氏の君は父親ですらないのに、何を恨んでいらっしゃるのだろう」
お笑いになる夫君を尚侍様は<(にく)たらしい人だ>とお思いになっている。
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