野いちご源氏物語 三四 若菜(わかな)上
ご出産からそれほど日数も()たないうちに女御(にょうご)様は内裏(だいり)にお戻りになった。
そんなある春の日、六条(ろくじょう)(いん)兵部卿(ひょうぶきょう)(みや)様と衛門(えもん)(かみ)様がいらっしゃったの。
源氏(げんじ)(きみ)とのんびりお話をなさる。
「政治家を引退してから人の出入りがめっきり少なくなりましたが、とくにこの時期は退屈(たいくつ)でたまりません。(みかど)の政治が安定し、私の屋敷(やしき)(うち)平穏(へいおん)だという証拠(しょうこ)ではあるけれど。退屈しのぎに何をしたらよいでしょうね」

<そうだ>と思いつかれて、おそばの女房(にょうぼう)にお尋ねになる。
「今朝、大将(たいしょう)挨拶(あいさつ)に来たが、今はどこにいる。ちょっとした(まと)当て遊びをさせて見物するのもよさそうだ。楽しんで参加しそうな若者もたくさん一緒に来ていたけれど、もう帰ってしまっただろうか」
「大将様は夏の御殿(ごてん)のお庭で蹴鞠(けまり)をご覧になっているようでございます」
蹴鞠(けまり)か。行儀(ぎょうぎ)のよい遊びではないが、若者たちがはつらつと(まり)()りあげるのはよいものだ。こちらでやらせよう」
さっそくお呼びになると、大将様が同世代の若者たちを連れて春の御殿へいらっしゃった。

(まり)は持ってきましたか。こちらの庭に下りてお遊びなさい」
春の御殿の一番大きな建物は(おんな)(さん)(みや)様と明石(あかし)女御(にょうご)様のお住まいだけれど、女御様は皇子(みこ)様と内裏にお戻りになったので、建物の東側が空いている。
源氏の君はそこで兵部卿の宮様や衛門の督様とお話しになっていた。
大将様がお話に加わって、他の若者たちはお庭に下りていく。

よさそうな場所を見つけると蹴鞠(けまり)がはじまった。
風もなくて蹴鞠をするのにぴったりよ。
やはり太政(だいじょう)大臣(だいじん)様のご次男以下のお三人が、他の若者たちよりもご立派でいらっしゃる。
それなりの役職に()いているご次男は、はじめのうちは遠慮していたけれど、我慢できずに参加なさる。

「机に向かって()(もの)ばかりしている役人でさえ我慢できないのだから、帝の警護(けいご)をする役所にいるそなたたちはうずうずするだろう。私も若かったころは身分にふさわしくないと(あきら)めて見ているだけだったが、(くや)しくてたまらなかったものだよ。それにしてもどんどん格好が乱れていく遊びだね」
楽しそうに笑ってご覧になっている。

源氏の君のお許しが出たので、大将様と衛門の督様もお庭にお下りになった。
桜の下で夕日に照らされたお姿がお美しい。
本来は上品とは言いにくい騒々(そうぞう)しい遊びだけれど、美しいお庭で美しい若者たちが競い合っていれば素敵に見えるわよね。
それぞれが技をお見せになるなかで、少しだけ参加した衛門の督様が格別にお上手でいらっしゃった。
上品で美しい人が、むやみに騒がず(まり)を追ってみごとに()りあげなさるの。

建物のちょうど真ん中あたりに面したお庭で、若者たちは桜のことも忘れて夢中になっていらっしゃる。
源氏の君と兵部卿の宮様は少し離れたところの()(えん)からご見物なさる。
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