野いちご源氏物語 三四 若菜(わかな)上
衛門の督様は、今もご実家の太政大臣邸でお暮らしになっている。
内親王様を妻として頂戴したいというご希望があるから、すでに二十代半ばだけれど、まだどこの家の婿にもなっておられない。
もちろん寂しくお心細いときもあるのよ。
でも、ご自分ほど優れた人間ならばきっと希望を叶えられると信じておられた。
それなのに、六条の院で女三の宮様をちらりと拝見してしまったときから、現実と向き合うしかなくなったの。
<もう二度と、あの程度にもお姿を拝見できる日は来ないかもしれない。ふつうの身分の女性ならば、外出したときを狙ってこっそり近づくこともできるけれど。お屋敷の奥深くで大切にされていらっしゃる方には、近づくどころか恋心をお伝えすることさえ簡単ではない>
恋心があふれそうになってお胸が苦しいので、姫宮様の乳母子宛てにお手紙をお送りになる。
「先日六条の院へ上がりましたが、宮様は私のことなど気にもなさいませんでしたでしょうね。お目にかかったとまでは言えないほどのことでしたけれど、その日から私の心は乱れ、今もぼんやりと物思いをして過ごしております。私などには手の届かない宮様ですが、桜の散る夕方の、あの出来事が忘れられません」
乳母子は衛門の督様が宮様のお姿を見てしまわれたことを知らない。
ふつうの恋文だと思って預かっている。
内親王様を妻として頂戴したいというご希望があるから、すでに二十代半ばだけれど、まだどこの家の婿にもなっておられない。
もちろん寂しくお心細いときもあるのよ。
でも、ご自分ほど優れた人間ならばきっと希望を叶えられると信じておられた。
それなのに、六条の院で女三の宮様をちらりと拝見してしまったときから、現実と向き合うしかなくなったの。
<もう二度と、あの程度にもお姿を拝見できる日は来ないかもしれない。ふつうの身分の女性ならば、外出したときを狙ってこっそり近づくこともできるけれど。お屋敷の奥深くで大切にされていらっしゃる方には、近づくどころか恋心をお伝えすることさえ簡単ではない>
恋心があふれそうになってお胸が苦しいので、姫宮様の乳母子宛てにお手紙をお送りになる。
「先日六条の院へ上がりましたが、宮様は私のことなど気にもなさいませんでしたでしょうね。お目にかかったとまでは言えないほどのことでしたけれど、その日から私の心は乱れ、今もぼんやりと物思いをして過ごしております。私などには手の届かない宮様ですが、桜の散る夕方の、あの出来事が忘れられません」
乳母子は衛門の督様が宮様のお姿を見てしまわれたことを知らない。
ふつうの恋文だと思って預かっている。