野いちご源氏物語 三四 若菜(わかな)上
姫宮(ひめみや)様のおそばに人が少ないときを()(はか)らって、乳母子(めのとご)はお手紙を持ってきた。
「いつもの衛門(えもん)(かみ)様ですけれど、姫宮様のことが(あきら)められないと何度も私()てに手紙を送っていらっしゃるのです。あまりにお苦しそうですから、私もそのうちほだされて、姫宮様のご寝室に手引きしてしまうかもしれません」
冗談を申し上げると、姫宮様は深くお考えもなさらず、
「嫌なことを言う」
とだけおっしゃる。

乳母子の広げたお手紙をご覧になる。
「お目にかかったとまでは言えないほどのことでしたけれど」というところで、
大将(たいしょう)様が(せき)(ばら)いなさったときのことだ。たしか他にも階段に人がいた。あわてて隠れたけれど、その人が私を見ていたのだ>
とお気づきになった。
お顔が赤くなる。
男性にお姿を見られてしまったからではないわ。
源氏(げんじ)(きみ)がいつもご注意なさっていることを思い出されたの。
「大将に姿を見られてはいけませんよ。あなたは幼くていらっしゃるから、うっかり見られてしまうことがありそうで心配です。お気をつけなさい」

<大将様が源氏の君に報告なさったら、私はきっと厳しく(しか)られてしまう>
衛門の督様に見られたことより、源氏の君のお怒りを怖がっていらっしゃる。
本当に幼いお考えの宮様なの。

普段ならもう少し何かおっしゃるのに今日は(だま)りこんでしまわれたから、乳母子はお手紙に関心をなくして、さっさとお返事を書いてしまう。
「私にお声もかけずにお帰りになりましたね。あなた様と姫宮様では()()わないといつもご忠告(ちゅうごく)申し上げておりますのに、『お目にかかったとまでは言えない』も何もございませんでしょう。宮様は源氏の君のご正妻(せいさい)におなりになったのですから、あなた様がどれほど()()がれなさっても無駄(むだ)ですよ。今さら恋心などお見せにならない方がようございます」
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