悪女の私を、ご所望なのでしょう?

08-茶会のお菓子

 王妃殿下主催の夜会での一幕は、貴族たちの間でそれはたいそう話題になった。
 もちろん、私があの二人の恋愛を邪魔しようとしているなんていうわけのわからないものではない。
『ディル殿下が婚約相手に対して不誠実であり、平民の女性に懸想している』という噂だ。
 その場にいた人たちが貴族だったことが災いしたようだ。
 政略結婚であれ普通の恋愛結婚であれ、貴族は外面を気にするものだから。
 愛人などは、さも正妻のように堂々と扱うか、誰にも気づかれないように逢瀬を重ねるかにしないといけない……というのは、貴族の常識だ。

「もう! 本当に殿下はとんでもないわ!」
「アイリーヌ様、もう少し声を抑えになって」
「あら……コホン」

 夜会が終わり、長期休みも終わった秋。
 アイリーヌ様と中庭で、真っ赤に色づいた木々を見ながらお茶会をしていた。
 中庭に設置された屋外のテーブルと、その上には見たことのないような可愛らしいお菓子。
 今日はアイリーヌ様がお菓子を用意してくれた。
 貴族でありながら商家でもあるブラフィルト侯爵の令嬢は、こういった珍しく可愛らしいお菓子をよく見つけてきてくれる。
 ほろほろした触感の生地に、ほんのりとした甘さが特徴のベリーのソースが挟まっているお菓子は、上品で美味しい。

「あらあらあらぁっ! エレーヌさんではありませんの!!!!」

 しかしそんな楽しい茶会を壊すような大声が、あたりに響いた。
 こんな大声をあげるように教わっている方は貴族にはいない。

「メイベルさん。あまり大きな声でお話しするのはよくないと、講義で習ったはずですわ」
「知らないわ! 今は別に、講義じゃなくて昼休みだもの」

 ディル殿下の前にいるときの甘えた様子とは大きく異なり、彼女は眉を吊り上がらせぶっきらぼうに吐き捨てるように言う。
 そんなメイベルさんを見て、アイリーヌ様が眉を顰めた。

「昼休みといっても、この学園にいる間は良識ある振る舞いをするように、と入学したときに通達があったはずですわ、メイベルさん」
「別に通達があっただけで、罰もなければ何もないじゃない。そんなの守るほうが馬鹿を見るのよ」

 メイベルさんは茶会をしているテーブルに足音荒く近づいてくると、お菓子をひょいと摘み、口に入れた。

「ちょ、ちょっと!」
「あー! 本当にお貴族さまの食べるお菓子って美味しい! この学園に入らなかったら知らないことだったわ!」

 そう言うなり、メイベルさんは辺りを見回す。
 今回も今回とで、メイベルさんはそれは大きな声で話すものだから、近くの席に座っていた人たちや、あたりを散策している人たちがこちらに視線を向けてしまった。

「こーんな、とっても高そうなお菓子を、いーっつも食べてる人がディルさまの婚約者だなんて。浪費癖がとんでもないんだわ~!」
「……はぁ」

 お菓子を毎日食べるわけでもないし、浪費癖もあるわけではないのだけれど……
 そう反論しようとはしたものの、メイベルさんの言葉は止まらない。

「私なんて、砂糖が高いからお菓子なんて食べられないの! でもそんな少ないお金でやりくりをする私こそ、ディル殿下にふさわしいと思うのっ!」

 そうして人が口をつけていた紅茶を勝手に飲み干すと、まるで勝ち誇ったかのように私を見下ろした。
 ……呆れてしまって、物も言えない。
 マナーもなっていないし、人の食べ物や飲み物を勝手に食べてしまい、さらには憶測のことを大声で話す――
 そんな人が、王族の婚約者に向いているとは到底思えない。
 というか、そもそもこのお菓子は……

「メイベルさん」

 と、口にしようとしたとき、アイリーヌ様が口を挟んだ。
 彼女はお顔に笑みこそ浮かべてはいれど、まったくもって目が笑っていなかった。

「は? あなたは……」
「お話しするのは初めてですわね。私、ブラフィルト侯爵令嬢のアイリーヌと申します」
「それで? 私あなたに話してないんだけど」
「それは不躾にすみませんわ。でも今日のお菓子は私が選びましたから、少し補足をしようと思いまして」

 不満げに眉間に皺を寄せるメイベルさん。
 すぐさま何かを言おうとしたのだが、アイリーヌ様のほうが早かった。

「こちらのお菓子は、いま平民の中でも大流行しているお菓子なんですの。高級な砂糖を使わずフルーツの甘味だけで味付けされた一品で、価格も平民の方々が手にとりやすいように非常に安価。それを憶測だけで『高そう』だなんて、とても心外ですわ!」
「そ、それは……」

 メイベルさんはたじろいでしまう。
 しかしアイリーヌ様の言葉は続く。

「そもそも! 人が茶会をしている時に勝手にやってきて、勝手にお菓子を食べるだなんて、言語道断! 王族の婚約者になりたいのであれば、そのあたりのマナーをどうにかしなければいけませんわよ!」
「ぐっ……でもいいもん! そんなお菓子、ディルさまに言えばすぐに買ってきてくれるもん! 愛した方々と食べられないなんて、とってもあなたたち可哀想!」

 アイリーヌ様に負けないようにか、メイベルさんは唾を飛ばしながら叫びだす。
 でもその内容は論点をすり替えていて、劣勢であることがよくわかった。

 ――それなら、その劣勢にとどめをさしましょうか。

「メイベルさん、ディル殿下とお茶会をされているの!?」

 わざとらしく、大声を出す。さも本気で驚いているように。

「そうよ! あなたはディルさまとお茶会なんて、したことないでしょ!」
「…………」

 手に口を当てて、呆然としたように見せる。
 メイベルさんは私を見下ろし、勝ち誇ったかのように鼻を鳴らす。
 しかしそんな表情は、その時の一瞬だけだった。

「メイベルさん……貴族というのは普通、婚約者や妻とは茶会をしないのが普通ですの。昼食のあとに一緒にお菓子を食べることはありますが、基本的にそれは茶会ではないのです」
「……えっ」
「茶会というのはお客様を招いて行われるものですから……メイベルさんはまだディル殿下にとっては、お客様、なのですね」

 わざと『お客様』を強調しながら言い、私は立ち上がる。
 メイベルさんより少し私のほうが背が高いから、彼女を見下ろす形になる。

「私はディル殿下の婚約者ですから、茶会を共にしたことなどありませんわ。やはり……ディル殿下がメイベルさんをご寵愛されているなんて、噓だったのかしら。そうよね、私が本当の婚約者ですもの」

 わざとらしく頬に手を当ててそう言うと、メイベルさんはこちらを睨むなり走って行ってしまった。
 まぁ、そもそもディル殿下と茶会は元より、お菓子も食事も一緒に食べたことないんだけど……。
 それは別に言わなくてもいいわよね。
 辺りに「騒いで申し訳ないわ」という意味で頭を軽く下げ、椅子に座りなおす。

「なんだか嵐みたいでしたわ」
「ええ、そうね」

 そんなことを言いながら、ふふ、とアイリーヌ様と笑い合うと、私たちは茶会の続きを始めるのだった。
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