悪女の私を、ご所望なのでしょう?
14-作戦前の種蒔き
「オストガロ公爵令嬢のご入場!」
今日のパーティーが行われる広間の扉が、衛兵の大声とともに開かれる。
開いた瞬間、無数の視線がこちらに刺さり、あたりは一気にざわめいた。
「あの服装ってことは、……本当に!?」
「待って……隣におられるのは、サーフィッツ王国の獅子じゃないかしら」
「獅子と悪女のタッグとは…………意外と似合うな……」
そんなざわめきを一切気にしないような素振りで、それは優雅に淑女の礼をすると、私はヨルダリオン殿下にエスコートされながら広間の中央へ歩き出す。
進む先にいる皆々は静かに、ただし迅速に道を開けてくれた。
たどり着いたのは、ノルシュタイン王国の王族がいる、大広間の一番奥。
中央には国王陛下が座り、その隣には王妃殿下。
向かって右側には第二王子であるマシュー殿下とお姉様が座り、左側には第一王子でありこの国の王太子であるノルドレン殿下が座っていた。
どうやらディル殿下はいらっしゃらないようだ。
彼らの前でおもむろに礼をする。
目だけで彼らを一瞥すると、お姉様とマシュー殿下、そして王妃殿下は軽く笑みを湛え、ノルドレン殿下や国王陛下は目をみはっているのが見えた。
「よ、よくぞ参った。オストガロ公爵令嬢」
少ししてようやく声がかかったので、私はゆっくりと顔を上げた。
「このたびはこのような素敵な場にお招きいただき、たいへん光栄に存じますわ、国王陛下」
国王陛下の視線は先ほどからちらちらと隣に移っている。
「サーフィッツ王国の王太子殿下が我が家までいらっしゃって私をお迎えしてくださいましたの。隣国のことを知るとても良い機会になりました。誠に感謝申し上げます」
「あ、ああ……」
「それはとてもよかったわ、エレーヌさん。ヨルダリオン様もお疲れの中本当にありがとうございましたわ」
「いえ、ご心配には及びません」
王妃殿下の言葉に、私とヨルダリオン殿下はともに頭を下げる。
近くにいる人たちはたいそうぎょっとしたことだろう。
何せ、婚約者であるディル殿下が迎えきているのではなく、隣国の王子が一公爵令嬢を迎えに行ったと、王妃殿下が言ったようなものだから。
おそらくノルドレン殿下が訝しげな顔をしているのも、そんな理由だろう。
王妃殿下はにこにこと笑みを浮かべて私たちを見る。
その隣にいる国王陛下のお顔は、どんどんと強張っていっているのだけれども。
「それでは、ぜひ楽しんでいってね」
「感謝申し上げますわ。それでは」
再び礼をして、私たちはその場を後にする。
ヨルダリオン殿下にエスコートされて去る時、王妃殿下のほうからかすかに詰問するような声が聞こえた。
「……ところで、ディルはどうしたのかしら、あなた。あなたからお迎えするように言ったはずだったのだけれど」
「ん……あぁ、ど、どうしたんだろう、な」
とてもわざとらしいため息と、とても歯切れが悪そうな言葉が聞こえてきたが、その表情を見ることができなかったのは、少し残念だった。
少し離れたところで、ヨルダリオン殿下は手を離してくれた。
「それでは、私も本来の場所へ戻ります」
「サーフィッツ王太子殿下。お迎えだけでなく素敵なエスコートを、誠にありがとうございましたわ。ぜひこのパーティーを楽しんでいってくださいませね」
「ああ」
端的に言葉を返したヨルダリオン殿下は、胸に手を当てて軽く頭を下げる。
「……そうだ」
「はい?」
しかしすぐに私の右手をもう一度掴むと、軽く手の甲にキスを落としてきた。
「次からは、ヨルダリオンと呼ぶと言い」
――は?
辺りが一瞬で静かになり、その直後に一気に騒がしくなる。
それはそうだ。
仮にもこの国の王子と婚約している令嬢に、名前で呼んでいい、と言うのは、たいそう挑戦的なことだ。
少なくとも、普通はしない。
一瞬啞然としかけたものの、これも作戦のうちだと思い直して顔を引き締める。
喉まで出かかった疑問がそこから先に出なくてよかった。
そして、この作戦を向こうから振ってくれたのだから、こちらも乗らないわけにはいかない。
私は彼が掴んだ手に左手をのせる。そしてじっと彼を見上げて、かすかに笑みを浮かべた。
「それではお言葉に甘えさせていただきますわ、ヨルダリオン様。もしこの国の案内が欲しければ、ぜひおっしゃってくださいませね」
「ああ、そうさせてもらう」
少しの間見つめ合って、ヨルダリオン殿下も微笑んだ。
しかしすぐにいつもの厳格なものに戻ると、手を離し去っていった。
結局その後パーティーにディル殿下が現れることはなく、私は一人で会場を回ることになってしまった。
しかし意外と好都合でもあった。
会場を回るうちに、故意的に流した「オストガロ公爵令嬢が悪女を強いられている」という噂は思いの外広がっているのを知った。
ご挨拶する方々にどことなく同情的な視線で見られていて、内心で苦笑していた。
なので、ついでにもうすぐディル殿下が何やら作戦を練っている、というようなことをお伝えしておいた。
『あまりこういった服装は好まないのですけれど……。でもディル殿下からは、学園の卒業式まででいい、ということでしたので』
『あと……どうやらディル殿下は最近、恋愛小説を好んで読まれているようですわ。たしか、身分の差を越えた先にある本当の愛……というタイトルだったかしら』
ついでに、そうも言っておいた。
ディル殿下は、実の父と母である国王陛下と王妃殿下以外には、メイベルさんの交際を隠しているという体をとっている。
……まぁ、お姉様とマシュー殿下にはバレているのだけど。
しかし、そのほかの貴族の前などでは普通にメイベルさんと触れ合っているから、彼らはディル殿下が彼女に懸想していることは容易に想像がついているはず。
なので、ディル殿下がこんなことをする一因となった小説を教えてあげれば、何をしようとしているのかはおおよそ想像がつくだろう。
そしてこうも思うはず。
『小説に書かれたことを、まさか実行するだなんてことはしないはず――』と。
ディル殿下がどう出るかはわからないけれど、ひとまずこちらも種を蒔いておかないといけない。
もうすぐ、作戦を決行しないといけないのだから。
今日のパーティーが行われる広間の扉が、衛兵の大声とともに開かれる。
開いた瞬間、無数の視線がこちらに刺さり、あたりは一気にざわめいた。
「あの服装ってことは、……本当に!?」
「待って……隣におられるのは、サーフィッツ王国の獅子じゃないかしら」
「獅子と悪女のタッグとは…………意外と似合うな……」
そんなざわめきを一切気にしないような素振りで、それは優雅に淑女の礼をすると、私はヨルダリオン殿下にエスコートされながら広間の中央へ歩き出す。
進む先にいる皆々は静かに、ただし迅速に道を開けてくれた。
たどり着いたのは、ノルシュタイン王国の王族がいる、大広間の一番奥。
中央には国王陛下が座り、その隣には王妃殿下。
向かって右側には第二王子であるマシュー殿下とお姉様が座り、左側には第一王子でありこの国の王太子であるノルドレン殿下が座っていた。
どうやらディル殿下はいらっしゃらないようだ。
彼らの前でおもむろに礼をする。
目だけで彼らを一瞥すると、お姉様とマシュー殿下、そして王妃殿下は軽く笑みを湛え、ノルドレン殿下や国王陛下は目をみはっているのが見えた。
「よ、よくぞ参った。オストガロ公爵令嬢」
少ししてようやく声がかかったので、私はゆっくりと顔を上げた。
「このたびはこのような素敵な場にお招きいただき、たいへん光栄に存じますわ、国王陛下」
国王陛下の視線は先ほどからちらちらと隣に移っている。
「サーフィッツ王国の王太子殿下が我が家までいらっしゃって私をお迎えしてくださいましたの。隣国のことを知るとても良い機会になりました。誠に感謝申し上げます」
「あ、ああ……」
「それはとてもよかったわ、エレーヌさん。ヨルダリオン様もお疲れの中本当にありがとうございましたわ」
「いえ、ご心配には及びません」
王妃殿下の言葉に、私とヨルダリオン殿下はともに頭を下げる。
近くにいる人たちはたいそうぎょっとしたことだろう。
何せ、婚約者であるディル殿下が迎えきているのではなく、隣国の王子が一公爵令嬢を迎えに行ったと、王妃殿下が言ったようなものだから。
おそらくノルドレン殿下が訝しげな顔をしているのも、そんな理由だろう。
王妃殿下はにこにこと笑みを浮かべて私たちを見る。
その隣にいる国王陛下のお顔は、どんどんと強張っていっているのだけれども。
「それでは、ぜひ楽しんでいってね」
「感謝申し上げますわ。それでは」
再び礼をして、私たちはその場を後にする。
ヨルダリオン殿下にエスコートされて去る時、王妃殿下のほうからかすかに詰問するような声が聞こえた。
「……ところで、ディルはどうしたのかしら、あなた。あなたからお迎えするように言ったはずだったのだけれど」
「ん……あぁ、ど、どうしたんだろう、な」
とてもわざとらしいため息と、とても歯切れが悪そうな言葉が聞こえてきたが、その表情を見ることができなかったのは、少し残念だった。
少し離れたところで、ヨルダリオン殿下は手を離してくれた。
「それでは、私も本来の場所へ戻ります」
「サーフィッツ王太子殿下。お迎えだけでなく素敵なエスコートを、誠にありがとうございましたわ。ぜひこのパーティーを楽しんでいってくださいませね」
「ああ」
端的に言葉を返したヨルダリオン殿下は、胸に手を当てて軽く頭を下げる。
「……そうだ」
「はい?」
しかしすぐに私の右手をもう一度掴むと、軽く手の甲にキスを落としてきた。
「次からは、ヨルダリオンと呼ぶと言い」
――は?
辺りが一瞬で静かになり、その直後に一気に騒がしくなる。
それはそうだ。
仮にもこの国の王子と婚約している令嬢に、名前で呼んでいい、と言うのは、たいそう挑戦的なことだ。
少なくとも、普通はしない。
一瞬啞然としかけたものの、これも作戦のうちだと思い直して顔を引き締める。
喉まで出かかった疑問がそこから先に出なくてよかった。
そして、この作戦を向こうから振ってくれたのだから、こちらも乗らないわけにはいかない。
私は彼が掴んだ手に左手をのせる。そしてじっと彼を見上げて、かすかに笑みを浮かべた。
「それではお言葉に甘えさせていただきますわ、ヨルダリオン様。もしこの国の案内が欲しければ、ぜひおっしゃってくださいませね」
「ああ、そうさせてもらう」
少しの間見つめ合って、ヨルダリオン殿下も微笑んだ。
しかしすぐにいつもの厳格なものに戻ると、手を離し去っていった。
結局その後パーティーにディル殿下が現れることはなく、私は一人で会場を回ることになってしまった。
しかし意外と好都合でもあった。
会場を回るうちに、故意的に流した「オストガロ公爵令嬢が悪女を強いられている」という噂は思いの外広がっているのを知った。
ご挨拶する方々にどことなく同情的な視線で見られていて、内心で苦笑していた。
なので、ついでにもうすぐディル殿下が何やら作戦を練っている、というようなことをお伝えしておいた。
『あまりこういった服装は好まないのですけれど……。でもディル殿下からは、学園の卒業式まででいい、ということでしたので』
『あと……どうやらディル殿下は最近、恋愛小説を好んで読まれているようですわ。たしか、身分の差を越えた先にある本当の愛……というタイトルだったかしら』
ついでに、そうも言っておいた。
ディル殿下は、実の父と母である国王陛下と王妃殿下以外には、メイベルさんの交際を隠しているという体をとっている。
……まぁ、お姉様とマシュー殿下にはバレているのだけど。
しかし、そのほかの貴族の前などでは普通にメイベルさんと触れ合っているから、彼らはディル殿下が彼女に懸想していることは容易に想像がついているはず。
なので、ディル殿下がこんなことをする一因となった小説を教えてあげれば、何をしようとしているのかはおおよそ想像がつくだろう。
そしてこうも思うはず。
『小説に書かれたことを、まさか実行するだなんてことはしないはず――』と。
ディル殿下がどう出るかはわからないけれど、ひとまずこちらも種を蒔いておかないといけない。
もうすぐ、作戦を決行しないといけないのだから。