悪女の私を、ご所望なのでしょう?

15-嵐の前の闖入者

 そうして日は過ぎて、ついに学園を卒業する日になった。
 私やアイリーヌ様といった普通に通って普通に過ごしていた貴族令嬢たちは皆無事に卒業することができた。
 ディル殿下は一年次にはもう退学されていたから、今日の卒業式典にはいない。
 ついでに言うと、メイベルさんは卒業試験の結果が悪かったようで卒業保留、今日の式典には姿こそあれど、ずっと式典の行われた講堂の端のほうで座っていた。

「エレーヌ様! 本当に3年間、ありがとうございましたわ!」
「アイリーヌ様!」

 講堂から教室に戻る最中、瞳を潤ませたアイリーヌ様が卒業の証となる紙を手に持ちながら、こちらに駆け寄ってきた。
 目が赤く目尻も少し腫れているので、すでに泣いたのかもしれないわ。

「私こそ、3年間お友達でいてくれて、ありがとうございますわ」
「とんでもないですわ! ぜひこれからも、友達でいてくださいましね!」

 アイリーヌ様は卒業すると、さほど時間を置かずに結婚し、少し離れた街に行ってしまう。だから余計に感極まっているのだろう。
 そんな様子に私は思わず「ふふ」と笑うと、彼女の目尻に指を当てた。

「これから卒業記念パーティーですのに、今のうちからこんなじゃ、大変なことになってしまいますわ」
「ふふっ、いいんですの。今日は記念の日でございますから!」

 元気よく朗らかに笑うアイリーヌ様だが、再び目尻からぽろぽろと涙がこぼれる。

「あらあら。一度メイクを直しに行きましょうか。このまま記念パーティーに出たら大変ですわ」
「ぐすっ……はい、ぜひ」

 笑っていたかと思ったら今度は泣き始めてしまって、私はアイリーヌ様の背中に手をやりながら、彼女とともに化粧室へと向かったのだった。

 ***

 教室で先生と最後のご挨拶をしたのち、一度家に戻ってから卒業パーティーのために再び学校に向かうことになっている。

「さて、と」

 ドレスに身を包んだ私は、問題がないかどうか、姿見の前でくるりと一周した。
 さすがにみんなの記念となるパーティーなので、マーメイドドレスといった強気なものは選ばず、フリルが控えめについたAラインのドレスだ。
 しかし肩がしっかりと出ているのと、ドレスが真っ赤なのは、作戦の合図。
 メイクに関しては強気なメイクにして、遠くからでも表情が見えるように目力ばっちりだ。
 隣にいたお母様は「バッチリね!」と拍手をする。
 それと同時に侍女長から書類をもらい、はぁ、とため息をついた。

「エレーヌ。やっぱり、今日やるみたいよ」
「はぁ……まさかとは思いましたが……」

 なんと、ディル殿下が私を断罪するのは、今日の卒業パーティーらしいのだ。
 たしかに、ディル殿下が読んでいたという小説では、主人公たちは卒業パーティーの日に悪女を断罪する描写がある。
 おそらくそこにあわせたとは思うのだが。

「片方は退学済、もう片方は卒業保留で再試験だというのに……まさかこのタイミングで本当にやるとは……」

 パーティー前だというのに、思わずため息をついてしまう。
 これまでの“種蒔き”の甲斐あって、社交界を味方につけることはでき、メイベルさんやディル殿下を逆に断罪する種もしっかりと回収できている。
 これもお母様やお父様、そして王妃殿下といった仲間たちのおかげだ。

「エレーヌ……いざとなったら、俺たちが前に出るけど……本当にいいんだね?」

 そばにいたお父様がそう聞いてくる。
 お父様は本当に優しいから、私が噂の標的になるのをずっと避けたがっていた。
 でも、私はかぶりを振って、お父様をじっと見つめた。

「ええ、大丈夫です」
「……わかった。じゃあ、もう何も言わないよ」
「ほらほら。そろそろ行かなきゃいけないわ。私たちも準備をしないと」

 そうしてお母様は「じゃ、またあとでね!」と言って、お父様を連れて脇の部屋に入っていってしまった。

「え、あ……行って、きます……」

 今日の卒業記念パーティーは父母参加は問題ない。
 だからてっきりお母様たちと一緒に行くものだと思っていたのだけど……

「お嬢様。何やら奥様と旦那様は、計画があるらしいですわよ」
「計画?」

 はて、なんのことやら。さっぱり聞いたことがない。
 おそらくディル殿下の断罪に対してのものだとは思うのだけど。
 疑問に思いながら首を傾げるも、たしかにもうそんなに時間の猶予がない。

「じゃあ今日は、一人で入ることになるのかな」

 少し前の社交パーティーを思い出して、なんだか少しだけ憂鬱になる。
 婚約者はいれどいつも一人で入場していたから、広間に入るたびに向けられる視線にうんざりしていたのだ。
 ちらりと姿見を一瞥すると、口角が下がってしまっている。
 いけないいけない、と持ち上げようとして、鏡に映った侍女長が私とは対照的にたいそうニコニコしているのに気がついた。

「そんなに笑って、どうしたの?」
「いえ。そろそろお客様がいらっしゃる頃合いなので」
「お客様?」

 再び首を傾げ、侍女長のほう振り返る。

 ――そんな予定なんてないのでは。

 続くはずだった問いは、視界に入った人物によって霧散してしまった。
 部屋の入り口。ちょうど鏡で映らないとこで待っていたのは――

「ヨルダリオン殿下!?」
「やあ」

 サーフィッツ王国に帰ったはずの、『サーフィッツ王国の獅子』だった。

「な、なぜ、ここに!?」
「君のご両親に頼まれてね。今日もエスコートしてくれる殿方がいないらしいじゃないか」
「それは、そうですけれど……」

 驚いている間にヨルダリオン殿下はこちらに近づいてくる。
 彼は今日近衛騎士の礼服を着用しているのだが、白を基調とし、金銀の装飾がちりばめられた豪奢な服。さらには勲章などもつけられている。
 騎士団の幹部にだけ着用が許されたペリースも、彼の華やかさに磨きをかけていた。

「この間の強気なドレスも美しかったが、今日の装いは可憐さも相まって本当に美しく綺麗だな」
「あ、ありがとうございます……」

 手をとられ甲に口づけされると、顔が熱くなってしまう。

「このまま談笑したいのは山々なんだが……もう時間がないだろう? さっそく向かうとしよう」
「もしかして、ヨルダリオン殿下もご参加されるのですか?」
「ああ。そもそも、学園側からご招待をいただいてね」

 すると、ヨルダリオン殿下はポケットから一枚の豪華な封筒を取り出した。その封筒には薄くリルガロー公爵家……つまり校長先生の印が押されていた。

「まぁ!」
「というわけで、ご一緒させていただくよ。お姫様」
「…………そんな恥ずかしいことは言わないでください!」

 にこりと頬を緩めて私の手を持ち上げるサーフィッツ王太子の獅子。
 歯の浮くような台詞でも気色悪く感じないのは、彼が本当の王子様で、見目も言葉の説得力もしっかりとあるからだろうか。

 私は顔面が火照るのを感じながら、彼のエスコートに従って部屋を出て、玄関に待機している馬車へ向かったのだった。
< 16 / 23 >

この作品をシェア

pagetop