悪女の私を、ご所望なのでしょう?

16-嬉しい涙

 普通の社交パーティーとは違い、学園の卒業記念パーティーには入場のときの名前の呼び上げはなく、開会の合図までに入場して、あとは仲の良い友人たちと談笑しているのが多いらしい。
 私はヨルダリオン殿下にエスコートされながら、記念パーティーの会場である学園の大広間へと入った。
 もともと早めに入場する予定ではあったのだが、ヨルダリオン殿下が急いで馬車を走らせてくれたおかげで、予定よりも結構早く入場できた。
 そのおかげか人がほとんどおらず、私がヨルダリオン殿下にエスコートされているところを見たのは、そう多くはない。

 ――それでも、衛兵はとても驚いていたけれど。

 馬車を降りたときの様子を思い返していると、ヨルダリオン殿下がはたと歩を止めてこちらを見た。

「それでは私はこちらで」
「あら、そうなのですね。ここまでご一緒していただき、ありがとうございます」

 大広間へ入るなり、ヨルダリオン殿下は一礼して舞台裏へ行ってしまった。
 きっと彼を招待したリルガロー公爵にご挨拶にでも行くのでしょう。

「エレーヌ様!」
「あら、アイリーヌ様!」

 消えていく彼の背中を見ていると、後ろから馴染みのある声が聞こえた。
 振り返るなり、ぎゅっと両手を掴まれ、少し驚く。

「え、え、エレーヌ様! もしかして、さ、さきほどの御仁は!」
「え? ええ。サーフィッツ王国の王太子殿下よ」

 すると、アイリーヌ様は目がこぼれ出そうなほど大きく見開き、そして私の手を掴んだまま会場の端のほうへ連れていった。
 彼女の必死そうな様子に引き留めるわけにもいかなくて、彼女の案内するがままに私もそちらへ赴く。
 端のほうにある椅子に座ったアイリーヌ様は、辺りをきょろきょろと見回すと、顔を近づけとても潜めた声で話し始めた。

「やっぱり、あのお噂は本当なんですの?」
「噂?」

 自身が社交界でどれくらい噂されているのかは知らないが、一つだけしか思い当たるものはない。

「もしかして、私がディル殿下に悪女を演じさせられている……という?」
「それは知っておりますけれど、それとは別の違うやつですわ!」

 思わず大きな声を出してしまった、と言わんばかりに彼女は口を押さえ、再び小さな声で囁くように口を開く。

「エレーヌ様が、隣国の王太子――サーフィッツ王国の王太子の獅子に嫁ぐ……という話ですわ」
「…………はい?」

 荒唐無稽すぎる話に、思考が停止する。

「だって私、ディル殿下と婚約しているのですから、隣国に嫁ぐなんてことはできないですわ」
「あら? でも今日婚約を解消されるのでしょ?」

 ――どうしてそんな話になっているのかしら?

 いや、たしかに今日ディル殿下が私のことを断罪し、代わりにメイベルさんと婚約をするということになっている。
 お母様が入手したディル殿下の計画には、そう書かれていた。
 だから今日のために、ディル殿下を断罪し返すための証拠を集めたのだから。
 頭に疑問を抱えながらエレーヌ様を見ると、きょとんとした様子。

「どうしてそんな話をアイリーヌ様がご存じで……?」
「あら!」

 眉をひそめながら問う私に、アイリーヌ様はパッと笑顔を浮かべて、両手を合わせる。

「私だけじゃなく、今日この記念パーティーに参加される方は全員知っておりますわ!」
「はい!?」

 私が驚いている間に、アイリーヌ様は私の手を取り、泣きそうな表情になった。

「そういう噂も流れておりますし、私自身はエレーヌ様のお母様からお伺いしていますわ。エレーヌ様は第四王子殿下に無茶を言われ、ここまで頑張ってきたのだと。そして今日第四王子殿下が小説の真似事をされるから、それに反論するというのも」
「そう、だったのですね……」

 まさかお母様たちが計画をしているのは、そういうのだったなんて。
 嬉しくもあり、同じくらいに申し訳なくなる。
 だってこのパーティーは、学園の卒業記念のためのもの。
 それを私たちが違う目的で騒ぎ立てて、そして台無しにするかもしれないのに。
 思わず目を伏せる。
 アイリーヌ様の瞳がどんな感情を湛えているのか、見たくなかった。

「エレーヌ様、ご安心なさって」
「……え?」

 しかしすぐに頬に温かい何かが当てられたかと思うと、ぐいと顔を前に向かせられる。
 目の前には先ほどの泣きそうな表情とはうってかわって、キリリと引き締まったアイリーヌ様のお顔。

「私たち、ちゃんと賛同していますの」
「賛同……?」
「ええ!」

 アイリーヌ様が言うには、どうやらお母様たちは生徒たち一人一人に連絡を入れて、許可をとったらしい。
 当事者たち以外の一人でも反対する人がいれば、この計画はナシにする、と。

「でも、私たち全員、エレーヌ様のお力になりたいのです」
「そ、そうなんですか……?」
「もちろんですわ!」

 アイリーヌ様は私の頬から手を離し、ぐっと拳を握る。

「だって、エレーヌ様は何も間違ってないですもの! お優しくて、いつも周りのことをよく見ていらっしゃって、そして私たちのことを助けてくれる……そんなエレーヌ様のお力に、みんななりたかったのですわ」

 顔を綻ばせるアイリーヌ様。
 なんだか視界がうるんできてしまって、私は目尻で指を拭う。

「だから、エレーヌ様。ガツンとやってしまってください!」
「ふふ。そんな言葉を使ったら、先生に怒られてしまいますわ」
「今日くらいは聞かなかったことにしてくれると思いますわ。先生たちもしっかり賛同してくれてますもの」

 そう言うとアイリーヌ様はゆっくりと立ち上がり、私の手を取って立ち上がらせる。

「ですわよね、皆様?」
「え?」

 振り返ると、広間の入り口付近には、同級生の皆がこちらをにこやかに見つめていた。
 皆が皆、にこりと微笑みながら、うんうんと頷いてくれる。

「みなさん……!」

 今泣いたらせっかくのメイクが崩れてしまう。
 だけれど、雫が抑えられない。
 でもこれは、嬉しさの涙だ。

「みなさん、本当にありがとうございます……!」
「さ、エレーヌ様。お化粧直しをちゃちゃっとしちゃいましょ。泣き止んでお顔を整えたら、作戦開始ですわ!」

 高らかにアイリーヌ様がそう宣言すると、入り口の皆がぞろぞろと入ってきた。
 私たちが入り口に向かう間、口々に「頑張って」「絶対に応援してますわ!」と言ってくれて、とても救われる思いだった。
 ならば、私ももう振り切って、ディル殿下たちと対峙しよう。

「私、頑張りますわ!」

 そう言い、アイリーヌ様に連れられるままに少し離れた場所にある小部屋へ向かったのだった。
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