悪女の私を、ご所望なのでしょう?

17-突然のお誘い

 お化粧を直して広間に戻ってきた私は、今度は広間の中央の席にアイリーヌ様とともに座ることにした。
 卒業パーティー自体はコース形式のお食事会が第一部、一度休憩を経て、ダンスなどを行う第二部という流れになる。
 第二部では共に参加する両親たちの前で、学園で学んだダンスを披露するので、なんだか気恥ずかしさが拭えない。
 ちなみにディル殿下が事を起こすのは第二部の冒頭。
 それまではまだゆっくりと過ごすことができるので、アイリーヌ様とともに互いの両親を待っていると、入り口のほうから「エレーヌ!」と私を呼ぶ声が聞こえた。
 振り向くと、国王一族の直下の者だけが着られる豪華な礼服を身にまとったお父様――

「……と、お母様も!?」
「ふふ、作戦大成功~!」

 普段はドレスのようないわゆる貴族の夫人という格好をしていたお母様も、お父様と同じくパンツスタイルの礼服だった。
 騎士服のように武骨な肋骨服をベースとしながらも、礼服らしく飾緒や功績を表す記念章などがつけられたり金糸などで豪奢に装飾が施されており、とても豪華だ。
 ペアルックみたいで可愛らしいと思いつつ、その威圧感には圧倒されてしまう。

「お母様、その服はまだ着られたのですね。てっきりお仕事をおやめになったから着られないのかと」
「あら? まだ私、やめてないわよ。ね~」
「ね~!」

 きょとんと目をまたたきつつ、お母様はふと隣に現れた女性と仲睦まじそうに視線を合わせる。
 隣にいたのは――王妃殿下だった。

「っ!? えっ!?」

 アイリーヌ様もそれに気づき、私とともに慌てて淑女の礼をとろうとするが、「楽にしてちょうだい」と王妃殿下は先に制した。
 王妃殿下はゆったりとした長袖のドレスを着用されていて、首元にはスカーフを巻いている。
 いつもの社交パーティーよりシンプルなのは、そもそもディル殿下はこの会には本来参加されないし、騒ぎになるのをなるべく控えたいからだろう。

「うちの馬鹿がお騒がせする予定で、申し訳ないわ。しっかりと事の様子を見届けなくちゃと思ってね」
「は、はぁ……」

 辺りにいる生徒たちも王妃殿下を見るなりぎょっとしているので、たぶん王妃殿下がいらっしゃるのは計画には入ってなかったのだろう。
 最終的にアイリーヌ様のご両親であるブラフィルト侯爵とその夫人もテーブルにやってきた。
 やはりお二人もお母様とお父様を見るなり笑みを浮かべていたけれど、その隣に我が物顔で座る王妃殿下を見るなり驚愕していたから、作戦には入っていなそうだった。

 そうして歓談をする間に、第一部の食事会が和やかに始まった。

 ***

「さて、と」

 食事会を終え、間の休憩が始まる。
 休憩のときには一度広間から退出することになり、思い思いのままに学園を歩いたり、両親たちと思い出の話を咲かせたりする。
 私も例にもれず、お母様たちと学園の中庭でゆっくりとしつつ英気を養おうと思っていたのだが……

「じゃあ私たちは、作戦の最終調整があるから、彼とゆっくりしていてくれ」

 そう言ってお父様が連れてきたのが、ヨルダリオン殿下だった。

「よろしく頼む」
「お、お願いいたします……」

 きゅっと顔を引き締めたヨルダリオン殿下に案内されるがままに、私は広間から出て学園の中庭へと向かうことになってしまった。
 途中ですれ違ったアイリーヌ様は、私を目で追いかけるなり、にやりと笑っていた……ような気がする。

 中庭に置かれたガゼボは、陽が落ちても煌々と蠟燭の火が焚かれている。
 ヨルダリオン殿下にエスコートされた私は椅子にゆっくりと座り、彼は私の正面の椅子に腰かけた。
 その直後、獅子の顔がふにゃりととろけた。

「食事、とても美味しかったね」
「で、殿下!? あの、お顔が……!」

 なんだか言い方がすごく失礼なような気がしたが、他に言いようもなくてそのまま伝える。
 しかし彼はとくにいつもの獅子の表情には戻らなかった。

「いいんだ。周りに人もいなそうだしね」
「さようでございますか」
「…………ところで一つ聞きたいんだけど」

 へにゃりと緩んだ表情だったが、優しそうな面持ちはそのままにヨルダリオン殿下は真剣そうなものへ表情を変える。
 手を組んだ彼は、こちらをじっと見つめた。

「この作戦が終わったら、君はどうするつもりだい?」
「どうする、つもり……」

 実はこれまで、ずっと考えていた。
 ディル殿下にやり返したあと、私は何をしようか、ということ。

 ――結局、答えは見つからなかったのだけれど。

 通常、貴族の令嬢は、高位貴族であればそのまま結婚することが多く、低位の貴族であれば高位貴族のお屋敷の侍女になったりする。
 しかし私はもうすぐ婚約を破棄されてしまう。
 一度婚約破棄してしまうと、その経緯はどうあれ、なかなか貰い手がつかないというのが現状だ。
 じゃあ侍女として働くかというと、それも難しい。公爵令嬢という肩書きのせいで、雇ってくれるところがないのだ。

 とはいえ、お父様やお母様のお手伝いをするには、これまで領地の経営や参謀などをしっかりと学んできたわけでもないので、難しいところがある。
 ありがたいことに我が家は金銭的に困っていないから、少しの間は家でゆっくりしてそれまでに結婚相手を見つけるなり、働き口を見つけるなり、お父様やお母様に領のことを教えてもらうなり……
 ふわっとしか考えていないけれど、そのあたりを考えていた。

 ヨルダリオン殿下にそう伝えると、彼は「そうか」と言って目を伏せた。
 しかしすぐに顔を上げると、彼はおもむろに口を開いた。

「もし君さえよかったら、サーフィッツ王国に来ないか?」
「サーフィッツ王国に……?」

 オウム返しのように聞き返すと、ヨルダリオン殿下は「ああ」と頷き、軽く肩を竦めた。

「裏があるように思われたくないから先に言っておくが、これは君のお母様とお父様にご相談されたことではある」
「まあ!」

 ――隣国の王太子にお願いするなんて!

 二人の思い切った行動に少しだけ恥ずかしくなって、頬が火照る。
 しかし彼はすぐにかぶりを振った。

「だがお二方から言われずとも、君には提案するつもりだった」
「そうなのですか?」
「もちろんだとも」

 そう言いながら頷き、彼は居ずまいを正す。

「成績優秀で眉目秀麗。皆から慕われる人のよさを実感したら、口説きたいじゃないか」
「ふふ、お恥ずかしい――え? 口説き?」

 思わず目を見開きヨルダリオン殿下を凝視する。
 彼は不遜げな笑みを浮かべるなり、私がテーブルに置いていた手の上に、そっと手をかぶせた。

「確固たる意志を持ち、しかし優しさも持っている。そして自分をしっかりと律することができるその精神。それに惚れるというのは無理もないだろう?」

 矢継ぎ早に褒められ、気恥ずかしさが増していく。
 しかし彼は止まらない。

「優秀なご令嬢がいると、本国で噂は聞いていたんだ。ただ婚約をしたと聞いて諦めていたのだが、馬鹿な噂も舞い込んできたものだから、それが本当か様子を見に来たんだ」

 ゆっくりと私の手を持ち、彼は甲に口づける。

「そして実際に出会って、惚れた」

 そう言うなり彼はすぐに手を離し、そっと私の手をテーブルに戻した。

「とはいえ、政略結婚で難儀した経験のある令嬢に、無理に結婚してほしいと迫るのは酷な話。だから、俺が君にアプローチできる機会を増やそうと思って、サーフィッツ王国にご招待しようとしていたんだ」
「……そんなにご評価いただけるだなんて、嬉しいですわ」

 珍しく外で饒舌な彼に、私はニコリと笑みを向けた。
 正直に言うと、これだけ褒められると悪い気はしない。
 ただ、ディル殿下のせいで結婚というのに消極的なのは事実だし、彼やメイベルさんに振り回されたことからも、誰かとの恋仲というのはあまり気が進まない。
 どこかの家に嫁ぎ関係を作る、というのは貴族の義務。
 そうは思ってはいるのだが、いざ今言われてもなかなか踏み出せないのだ。
 私の思っていることがわかったようで、ヨルダリオン殿下は「すまない、そんな顔をさせたかったわけじゃない」と頭を下げた。

「君のご両親とも話をしたんだ。その時彼らはなんて言ったと思う?」
「…………」

 まったくわからず黙ってしまう。
 彼は少しの間何も言わずにいたが、私から答えがでないとわかると、おもむろに口を開いた。

「『好きなことをさせたい』と」
「まぁ!」
「この四年ほど、偽装の婚約者とはいえ王太子妃教育を受け、そして今日のための作戦もこなし、貴族令嬢として社交もした。そんな君に、自由を見せてあげたいんだと。彼らはそう言ったんだ」
「お父様……お母様……」

 心が温かくなって、目頭が熱くなる。
 でも涙がこぼれるとまた直さないといけなくなるから、私は上を向いた。

「ただ、この国では自由を謳歌させようにも『オストガロ公爵令嬢』という肩書きが邪魔をする。だからサーフィッツ王国に行って、自由を見て、聞いて、味わってほしいとね」

 目の前に座るヨルダリオン殿下が立ち上がった気配がする。
 でも潤む目が落ち着かなくてまだ上を向いていると、彼は右隣に座った。

「遊学の手配も、サーフィッツ王国で住む家も、すべて君のご両親が準備をしてくれている。あとは、君の意志だけだ」
「……はい」

 返事をしたが、声が震えてしまう。
 上を向いていたのに涙が頬を伝ってしまった。
 すると、彼が頬にハンカチを当ててそれを拭いつつ、「使うといい」と持たせてくれた。
 そうして黙ったまま、私は涙を流し続けていた。


 感情のままに涙を流していたが、少しするとようやく落ち着いてくる。
 その間、ヨルダリオン殿下はずっと隣にいてくれた。

「すみません、ハンカチお借りしてしまって。新しいものを包んでお返ししますね」
「ふむ……では甘えさせてもらおう。君に会う口実にもなるしな」
「ふふ、お上手ですね」

 ハンカチを折り畳んでレティキュールに仕舞う。

「でも、ありがとうございます。お父様やお母様の気持ちも知れましたし、私もちょっとだけ羽を伸ばそうと思います」

 右隣に座るヨルダリオン殿下を見上げながら、頭を下げる。

「殿下のご好意に応えられるかどうかは、わかりませんが……」
「ふはっ。それはこちらの手腕だからな、気にしないでくれ」

 そう言い彼は、私の目元に指を沿わせた。

「サーフィッツ王国の獅子、という異名は、たしかに仏頂面で厳格という意味が込められているが、他にも込められた意味がある。わかるか?」
「獅子……そうですね……」

 急な質問に動揺しながらも、思考を回転させる。
 獅子という動物は肉食で歯が鋭い。昔お父様とお母様と共に行った移動動物園の様子を思い出す。

 ――食欲旺盛とか……?

 パッと思いつくも、さすがに今の文脈でそんな話題を出すのはおかしいだろう。
 なんだろう、と内心うなりながら考えていると、殿下は私の手を再び取る。
 しかし今度は指まで組み、まるで逃がさないかのような握り方だ。
 さらにはずいと顔を至近距離にまで近づけてきた。

「どうやら俺は人よりも執着が強いようでな、気に入ったものは逃がさないんだ」

 そう言いながらにやりと笑う彼の口元には、鋭い犬歯が見える。
 獰猛な顔つきに浮かんだ笑みは、まるで本当の獅子のようだった。

「――絶対に惚れさせてみせる。覚悟しておくといい」
「……っ!」

 その顔に見惚れてしまって、顔がボッと熱くなる。
 しかし彼はすぐに顔を離すと、ゆっくりと立ち上がった。

「そろそろ、戻ろう。本番までに顔もあのご令嬢に直してもらったほうがいいだろう」
「そ、そうですね……」

 私も首をふるふると振って立ち上がる。
 視線を上げると再び彼の顔が近くに会って、胸が高鳴った。

「それに、こんな顔を真っ赤にしていたら、悪女も形無しだ」
「誰のせいでこんなことになっていると思ってるのですか……!」

 ふん、とそっぽを向き、一人でガゼボから出る。
 ヨルダリオン殿下は声を上げて笑っていたが、すぐに私の隣に駆け寄ってくる。
 そうして私たちは、一緒に広間まで歩いて戻ったのだった。
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