悪女の私を、ご所望なのでしょう?

18-まずは目の前の彼を

 会場に戻った私は、アイリーヌ様にメイクを再び直してもらい、広間に戻ってきた。
 テーブルは片付けられたものの、一部のときと同じ椅子は残っており、椅子はまとめて広間の端のほうへ移動している。
 私たちに割り当てられた席には、今はお父様やお母様はおらず、代わりに右隣にヨルダリオン殿下が座っていた。
 ちなみに左隣にはアイリーヌ様が腰を下ろしている。

「もう! 先ほど直したものに、また崩れさせるなんて!」
「……すまない」

 ヨルダリオン殿下はいつもの獅子のような表情に戻っている。
 そんな彼がアイリーヌ様に素直に謝っているのが面白くて、ふふ、と笑ってしまった。
 しかし彼女はすぐに興味津々といった様子で私たちを交互に見ると、手を合わせてにこりを口角を上げた。

「でも結局、あのお噂は本当だったんですのね?」
「いえ、それは――」
「いや。フラれてしまったよ」

 私がいろいろと釈明をしようとしたところで、彼が口を挟む。
「まぁ!」と驚くアイリーヌ様を横目に、私も目を見開いて彼を見てしまった。

「でも彼女はチャレンジする機会を与えてくれた。だから、それを十分に活用しようと思う」

 そう告げて、彼はこちらを見て、柔和に笑った。

「まぁまぁまぁ!」
「……殿下……」

 なんだかいろいろと曲解されているような気がしなくもないが、誤りとは言えないのでかぶりを振ることもできない。
 するとアイリーヌ様が、私を挟んでヨルダリオン殿下に視線を向けて、居ずまいを正した。

「サーフィッツ王太子殿下。エレーヌ様は本当に良い子で、真面目で、気遣いもできるし博愛の精神を持たれている素敵な方ですの。ぜひ彼女を幸せにしていただきたいですわ!」
「あぁ。その準備はもう整っているから安心してくれ。あとは彼女次第だ」
「私を挟んで何のお話しをされているのですかっ……!」

 我慢できなくなって突っ込んでしまうと、二人はこちらを見て、噴きだす。

「だってエレーヌ様、お顔がガチガチにこわばっていらっしゃるんだもの」
「もっと肩の力を抜くといい。劇が始まる前に疲れきってしまうぞ」

 そう言われ、ハッとする。
 たしかにこれから始まることをずっと考えていた。
 でも二人のおかげで、少し胸のつかえがおりたような気がする。

「ふふ、ありがとうございます。お二人とも」
「まぁ、君を幸せにする準備ができている、っていうのは本当だけどな」
「で、殿下!」

 一体何を――と言おうとしたところで、ゆっくりと会場の光が暗くなっていく。
 火のともったろうそくの本数が少なくなっていき、隣にいる人の顔が見えるか見えないかくらいの明るさになっていく。

「大丈夫だ」

 緊張で胸の高鳴りをおぼえていると、すぐ隣から手がのびてきて私の手を握った。
 先ほども握ってくれた、大きくて温かい手。
 私はその温もりを感じながら、何回か深呼吸をする。

「ありがとうございます。もう、大丈夫です」
「そうか」

 そう言うと、温かい手は離れていった。
 なんだかそれが少しだけ寂しく感じてしまったのは、口に出さないけれど。
 やがて、檀上のろうそくが火をつけられ、皆の視線がそちらに向かう。
 檀上にいたのは、校長先生だった。

「皆さん。本日は卒業おめでとうございます」

 そんな挨拶から始まり、校長先生は祝いの言葉を語り始める。

「――それでは、最後のパーティーをお楽しみくださいね」

 そう言って閉めると拍手が上がり、すぐにダンスの時間になる。
 お父様とお母様が近くにいないのは残念だけれど、これが四年間で学んだ成果を周りの人たちに見せる儀式だ。
 オーケストラが静かに音楽を奏ではじめ、すぐに辺りの生徒たちがゆっくり立ち始める。

「お手を」
「まぁ! では」

 私も差し出されたヨルダリオン殿下の手をとって立ち上がり、ダンスホールとして用意された広間の中央へ躍り出た。

 ――このダンスが始まる直前に、ディル殿下がやってくる。

 そう思ってちらちらと入り口のほうを見るが、動きはない様子。

「どうやら少し遅れているようだよ」
「そう、なのですね……」

 ヨルダリオン殿下の言葉を聞いて、なんだか安心したような、少し怖いような気持ちが混ざる。

「だからダンスを楽しもうじゃないか」
「ええ。そうですわね。といってもディル殿下が来てしまうと考えると――」

 しかしその続きは彼の指が私の口をおさえたことで制された。

「今だけは、ほかの男のことを考えないでいてくれ」

 その言葉を皮切りに、オーケストラの音楽がいっそう華やかになり、周りの男女が動き始める。
 私も置いて行かれないように、平静を保ちつつも内心慌てて踊り始める。

「うまいな」
「……もう!」

 彼の余裕めいた言葉が降ってくるが、彼の顔を気にしている余裕はない。
 おそらく私といるときに見せるような、不遜げな笑顔をしているのだろう。
 少し癪に感じて、ふいをついて本来にはないダンスの動きを入れる。

「はっ! 時たま見せるそういうじゃじゃ馬なところも、好いているよ」
「~~っ!!」

 しかし彼のほうが一枚上手だったようで、逆に彼の動きに翻弄され、リフトをさせられてしまう。
 辺りから「おぉ!」という歓声と拍手、そしてお父様の「あぁ、エレーヌ!」という嘆きのような言葉が聞こえたような気がしたが、そんなことに気を遣っている余裕はなく、叫ばないようにするので精一杯だった。
 長く感じる数分が終わり、互いに礼をする。

「楽しかったよ」
「えぇ……こちらも、とてもアグレッシブで楽しかったですわ」

 精一杯の皮肉を込めて彼に返したが、どうにも効いていなそうだった。

「さて、と……ここからだ」

 ヨルダリオン殿下がそう口にし、広間の入り口を見る。
 それと同時に、彼の視線の先がにわかに騒がしくなった。
 手が震えて、呼吸が浅くなる。
 そんな私の手を、彼はぎゅっと握った。

「やれるか?」
「ええ、もちろん」

 私の震えに気づいていたとは思うし、うまく表情を作れてはいなかったと思う。
 しかし彼は「そうか」と言って、私の頭を撫でた。

「では、始めようじゃないか」

 彼は私の手を離すと、少し大きな声で告げた。
 それと同時に広間の入り口が荒々しく開き、二人の男女が姿を現した。

「そこまでだ!!!!」

 大きくて無粋な声が広間に響き、オーケストラの音楽が止まって静寂が訪れる。
 男女は走って広間の中央を通り過ぎ、檀上にのぼった。

「我は、ディル・ドレイク・ノルシュタイン。ここにいる悪女を断罪しにきた!!!」
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