悪女の私を、ご所望なのでしょう?

19-反撃開始

「我は、ディル・ドレイク・ノルシュタイン。ここにいる悪女を断罪しにきた!!!」

 手を伸ばし、まるで希代の英雄とでも言わんばかりにポーズをとるディル殿下。
 その隣では、メイベルさんがしおらしく佇んでいる。
 そんな二人をじっと見つめる、他の人たち……という図だったが、まず動いたのは校長先生であるリルガロー公爵だった。
 壇上にのぼり、二人の傍に駆け寄る。

「大変恐れ入りますが、ディル第四王子殿下……」
「うるさい! この国の存亡がかかっているというのに、貴様はそれを邪魔するというのか!」
「ですが、そのような情報は私どもの――」
「これは王族の命令である! 今すぐこのつまらんパーティーをとめよ!」

 そこまで言われてしまうと、公爵とはいえど太刀打ちはできない。
 こめかみをひくつかせたリルガロー公爵は、そのまま壇上から降りていき、再びディル殿下の独演が始まった。

「ふん、公爵風情がえらそうに」

 ディル殿下は独り言のつもりだったかもしれないが、静寂に包まれた広間というのは思いの外声が響く。
 彼の言葉を皮切りに、広間がざわついた。

「すごいなあいつ。王族は貴族を含めた民によって成り立っているという図を知らないのか?」

 呆れたように眉をひそめるヨルダリオン殿下の言葉に、何も返せない。
 視界の端では、王妃殿下が頭を抱えている。息子の醜態を間近で見ているのだから、そうもなるだろう。
 私が見た限りではそのようなことを言うのはディル殿下だけなのだけれど、ヨルダリオン殿下がこの国の王族は同じように考えている、と思っても仕方のないことだ。

「ええい黙れ! いちいちうるさいぞ!」

 壇上のディル殿下がそう叫び、再び広間は静寂となる。
 そんな彼を、隣にいるメイベルさんは見惚れたようにじっと見つめているが、果たしてそれでいいのか、少しばかり疑問なところだ。

「こほん……さっさと用件を済ませてしまおう」

 そう言いディル殿下は辺りをきょろきょろとするが、私を見つけるなり睨みつけ、口をゆがめた。

「エレーヌ・オストガロ!」

 名前を呼ばれ、全身が震える。
 でも、やらないといけない。
 今日、この日のために、いろいろな人が手伝ってくれているのだから。
 私は意を決して彼に身体を向けると、軽くドレスの裾をつまみ礼をして、口を開いた。

「ごきげんよう、ディル殿下」
「ふん! その余裕ぶった顔も、いつ剝がれることになるやら!」

 私の言葉に被せるように彼は叫ぶ。

「皆の者も聞くと良い。こいつの本性を!」
「いったいなんのことでしょう?」
「戯言を!」

 こわばる顔に鞭を打って、にやりと笑みを浮かべる。
 手は震えているが、きっと彼からは見えていないから大丈夫。
 すると彼は私を指差し、周囲の人々を見ながら大声で宣言した。

「エレーヌ! 貴様は、この国を破滅に導く、悪女だっ!」

 会場内が一気にざわつく。
 周囲の視線が私に刺さる気配がする。
 しかしそれは怯えた視線でも、軽蔑の視線でもない。

「エレーヌ様……本当においたわしゅう……」
「本当にあんなことをするなんて……殿下は小説の真似事を本気で始めるつもりか?」

 同情と、憐憫の視線。
 そして彼に向けられる視線こそが、軽蔑の視線だ。

「この悪女は、平民の特別学生であるメイベル・ロドラーレルのことを虐め、怪我を負わせ、周囲の視線がありながらも罵倒し、尊厳を蹂躙したのだ!」

 全く身に覚えがない言葉に首を傾げる。
 それと同時に入り口から治安騎士がぞろぞろとやってきて、私を囲み始めた。

「エレーヌ嬢!」

 ヨルダリオン殿下が離れていき、私の名前を呼ぶが、これは演技。
 ついで、この治安騎士たちの行動も、すべて計画の範囲内だ。

「はっ! 傍にいる男も誑かしたか! この悪女め!」
「殿下。お言葉ではございますが……」

 私はそこまで言って、勢いよく靴を床に打ち付ける。
 ダン、と大きな音が響き、ディル殿下とメイベルさんがビクリと驚く。
 その顔は怯えに染まっていて、なんだか滑稽だった。

 ――こんな男に、私は振り回されていたのね。

 なんだか空しくなってくる。
 しかし同時に、怒りも湧いてくる。
 皆の記念パーティーを壊してまで、そして私のこの4年を壊してまで、ご自身のやりたいようにやっているということに。
 ご自身のやりたいことをやりたいのなら、好きにすればいい。
 ただ権力を笠に着て、こちらを犠牲にするのであれば、話は変わってくる。
 少しばかり黙っているとディル殿下はこちらを睨んできた。

 ――でも、もう怖くない。

 すっ、と体の震えが収まる。
 黙ったまま一歩ずつ前に歩いていき、彼らの立つ壇の目の前まで進んだ。
 そして再びドレスの裾をつまみ、軽く礼をした。

「今、おっしゃったことについて、私は身に覚えがございません。何か証拠などがあるのでしょうか」
「ふん、白々しい。すべて、隣にいるメイベルが証言した!」
「本当に、怖かったぁ~! エレーヌさん、私のことを虐めるんだもん!」
「それはいつのことですか?」
「えっ?」

 メイベルさんが目を瞠り、そしてその隣のディル殿下も目を見開く。
 そしてまるで視線で「空気を読め」と言わんばかりに言ってくる。

 ――そんなの、知らないわ。

「いつの話なのか、というのを聞いているのです。それとも、お答えができませんか?」
「た、たとえば! 私があなたたちからお菓子をもらったときに、私を虐めたわ!」
「あぁ! あなたが平民で流通しているお菓子を馬鹿にしたときですね!」
「ち、違う!」

 慌てふためく彼女をよそに、私は二人に向かって告げる。

「では……社交パーティーのときでしょうか? まさか婚約者をおいてほかの方とご入場されるとは思いませんでしたので、婚約者として最適な行動をしたまでですわ」
「け、怪我をさせたじゃないか! そのおかげでメイベルは長い間学園に行けなかったのだぞ!」
「では、その証明書をのちほどご提出ください」
「え?」

 素っ頓狂な声を出して、ディル殿下は間抜け面を浮かべた。

「学園の規則では、長期の休学には証明書が必要になります。たしかにメイベルさんは学園にいらっしゃることが少なかったようですから、その証明書は学園にご提出されたのですよね? 医師の診察による証明書を」
「そ、そんなのないわよ! 医師になんてかかってないもの!」
「あら! では、どうやって治されたのですか? 学園に行けないほどのひどい怪我を!」
「ずっと家で寝込んでいたわ! 2ヶ月とか、3ヶ月とか」
「そうなのですか!? 私の記憶では、あなたとそんな長い間お会いしなかったことはないけれど。いつも突っかかってこられてましたもんね?」
「ぐっ……!」
「ええいうるさいうるさい! エレーヌ貴様っ!」

 わざとらしく笑みを浮かべ反論していると、ついに耐え切れなくなったのか、ディル殿下が叫びだす。
 まるで癇癪をおこした子供みたいで、なんだか見ているだけで情けなくなってきた。
 そんな私……おそらく場にいた人全員の気持ちをよそに、ディル殿下は顔を歪ませ、唾を飛ばして叫びだした。

「王族命令だ! こいつは悪女なのだから、騎士どもはとっととこいつを捕らえて、牢にぶち込め!!」
「その命令は、無効にさせていただくわ」

 しかしすぐに、凛とした女性の声が聞こえた。

「アリアン・ノルシュタインが命じます。治安騎士は即刻、全員武器を下ろしなさい!」
「は、母上!?」

 その声は王妃殿下のもの。
 振り返ると王妃殿下が立ち上がり、扇子を手にディル殿下を睨みつけていた。

「このような筋の通ってもいなければ、証拠もないことに王族命令は使わせません」
「そ、そんな……」

 冷たく告げる彼女だったが、すぐに「さ、続けてちょうだい」と言い放ち腰を下ろす。

「じゃ、じゃあ! エレーヌさんが悪女である証拠を出すわっ!」

 呆然とするディル殿下の隣で、メイベルさんはあるものを取り出した。
 まるで将の首を射止めたと言わんばかりに口角を上げ、それを宙に掲げる。

 それは――あの、ガラスの宝石だった。
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