悪女の私を、ご所望なのでしょう?

07-夜会での一幕

 夏に入り、学園生活もおおよそ一段落したころ。
 私は王妃殿下が主催する夜会にご招待された。
 私たちのような学生は基本的に学園のことが最優先なので、夜遅くまで催されるような夜会はあまり参加しない。
 誘われても基本的に辞退させていただくし、国王陛下や王妃殿下などはこちらの事情を汲み取ってくれて、そもそも招待されることはない。
 しかし、夏と冬にある長期のお休みに関しては別。
 レンミル学園で年に2度行われる試験を合格すると、無事に長期のお休みを手に入れられ、この時だけは夜会に参加することが可能となる。
 ありがたいことに試験をわりと良い成績で通過できたので、無事にお休みゲットなのである。

 ――まぁ、参加したとて、一人なんだけどね……

 そう内心で独り言ちながら、陽もすっかり暮れた道を、私は公爵家の馬車で王城へ向かっていた。
 残念なことに、今日は……というか婚約してからずっと、こういった催し物には一人で参加している。
 普通なら婚約者と行くのが普通なのだが、あいにく婚約者は他の女性に懸想しているから、私とともに行くなんてことは絶対にない。

 ――ただ聞いた話だと、ディル殿下は試験を受けていないみたいだし、メイベルさんも補習に引っかかっていたみたいだから、今日はいないのかしら……

 そう考え込んでいると馬車がゆっくりとスピードを落とす。

「お嬢様。王城に到着いたしました」

 前方の御者台から声がする。

「本日は王城付近で待機しておりますので、お帰りになる時間にまたこちらにお迎えにあがります」
「わかったわ。ありがとう」

 そう言い、馬車の扉が開くのを待ってから、私は夜会の行われるお部屋へと向かったのだった。


「噂は本当みたいだわ……」
「たしかに……今日はお一人で来られているみたいだね」

 公爵家の令嬢だからそれなりにゆっくりと来たのだが、誰にもエスコートされないところがたくさんの人に見られており、なんだか……気まずい。
 いえ、これが作戦の通りではあるのだけれども。
 私は噂話が聞こえた方向に微笑を浮かべて会釈しながら、お部屋の真ん中へと進んだ。
 今日夜会が行われるのは、王城の中でも一、二を争う大きさの広間。
 大きさや豪奢な部屋の装飾もさることながら、天井に描かれた大きな一枚絵がとくに目を引く。
 天井に描かれているのは、本邦で最も著名な画家の描いた宗教絵だ。
 青空と黄金色の木々の間で小鳥たちが舞い遊ぶ光景が描かれたそれは、この国で信仰されている神を模した図。

 ――汝、愛する人を一途に愛せ……だったかしら。

 皮肉なことに、それを実践している王子に困っているのだけれど。
 誰にも気づかれないように小さくため息をつきながら、そんなことを考える。

「エレーヌ!」
「お姉様!」

 すると、遠くから一人の女性が一人の男性を連れ立って優雅に歩いてきた。
 その二人を見た周囲の人々は、一斉に頭を下げる。
 私も淑女の礼をしながら、二人が近づくのを待っていた。

「よく来たわね、エレーヌ」
「とんでもございませんわ、王太子妃殿下。本日もお元気そうで何よりです」
「ええ、エレーヌも元気そうで何よりだわ。ね、マシュー様」
「ああ。今日は来てくれてありがとう。さて……堅苦しいのはやめて、どうか顔を上げてくれ」

 私は「ありがとうございます」と言って、顔を上げる。
 視界に入ったのは、ブロンドの艶めく髪とお母様そっくりの切れ長の目を持った女性。
 第二王子マシュー殿下に嫁いだ、シェルメお姉様だ。
 鮮やかなブルーのドレスは、お姉様の髪やお父様に似た青い目に似合っている。
 そしてその隣にいる、シルバーの短髪と日に焼けた肌が特徴の長身男性がマシュー殿下だ。
 マシュー殿下は第二王子という身分でありながらも近衛騎士団の一員であり、体付きだけでなく剣の腕がこの国でも最上級なのだとか。
 今日は貴族らしくウエストコートやブリーチズを着用されているが、普段の騎士服は女性だけでなく男性からも人気が高い。
 そんな、まるで宗教画のように美しい二人ではあったが、私を見る視線が少し普段とは違うことに気づいた。

「お姉様、もしかして……」
「ええ。お母様から全部聞いているわ」

 そう言い、お姉様は私のことをぎゅっと抱きしめた。
 髪が崩れない程度に優しく頭を撫でてくれて、なんだか昔同じようにしてくれたことを思い出して、ちょっと泣けてきてしまう。

「すまなかったね。うちの愚弟が」
「いえ……マシュー殿下が謝るようなことではありませんわ」

 お姉様に抱きしめられながら答えると、マシュー殿下は眉尻を下げて申し訳なさそうな表情でこちらを見つめた。

「えぇ~! すっご~! ディル殿下、美味しそうなのがありますよ!」
「あぁ、メイベル。存分に食べてよいぞ」

 しかし会場に似つかわしくない甲高い声が聞こえ、お姉様たちとの再会が邪魔される。
 私たちがそちらを見やると、ディル殿下とメイベルさんが二人で一緒に広間へ入室してきていた。
 マシュー殿下は額に手をやり、ため息をつく。

「…………すまないね、うちの愚弟が……」
「……あ、あはは……」

 乾いた笑いしか出ず、頬が引き攣る。
 そんなことない、とは言えないのでひとまず二人の行動をゆるく観察しておくことにした。
 というか、あの二人、そもそも学園側から夜会の参加禁止令が出ているんじゃないかしら。

 ……ディル殿下は『なぜ学園が俺の行動を縛るんだ』とか言っていそうね。

 少しの間お姉様たちと歓談しながら問題児二人を目で追っていると、私の存在に気づいたメイベルさんが、こちらに猛スピードで駆け寄ってきた。

「あらぁ! エレーヌさん! いらっしゃったのねぇ~!! お一人~?」
「まぁメイベルさん……」

 私はちらりとお姉様とマシュー殿下を見上げる。
 この国の社交においては、身分の違う人たちが集まっていた場合、身分の高い方々から挨拶をするというマナーがある。
 そもそも身分の下のものからは話しかけない、というのもあるが、それは脇に置いておいて。

「メイベルさん。まずはこちらのお二人にご挨拶ですわ」
「ちょっとなにぃ~!? 私に向かってお説教ってこと~!」
「お説教で結構ですので、はやく頭を下げてくださいな」
「ほんっと、ありえないんだけど! ディルさま~!」

 しかし、メイベルさんは淑女の礼をするどころか地団駄を踏むと、後方にいるディル殿下を呼びつけた。
 辺りがざわつく。
 そもそも呼び方からして不敬なのだが、おそらくは「あんなに礼儀のなっていない令嬢は、どこの家の子だ」といった感じだろうか。
 私はとっさに頭を下げて声がかかるのを待つ。

「どうしたメイベル……なんだ、貴様か」
「……ごきげんよう、殿下」

 一瞬私に声がかかったのかわからなかったけど、たぶん殿下がこの人たちの中で「貴様」と呼ぶのは私だけだろうから、ひとまず挨拶だけして顔を上げる。
 視界にはいったのは、そもそもこちらを見ていないディル殿下だった。
 ちらりと横を窺うと、お姉様とマシュー殿下の頬が引きつっている。
 直前に話していた懸念事項が目の前にやってきて、懸念のとおりに振る舞い始めたら、それはそうなるわよね。

「ちっ……兄上もか」
「私への舌打ちは百歩譲っていいとして、せめて婚約者であるエレーヌさんをエスコートしたらどうだい? とても自由な見知らぬご令嬢と一緒に入ってきたようだが」
「…………ふん」

 隠しているようには到底見えないのだが、実はディル殿下はメイベルさんとの交際を国王陛下と王妃殿下以外の身内には隠している体なのだ。
 マシュー殿下や彼の義姉にあたるお姉様の目の前である以上、「メイベルを愛する!」なんて声高に言えない、というわけだ。

「ディル殿下ぁ?」

 しかしそれを邪魔する、メイベルさん。
 空気が読めているからこその発言なのか、実はまったく読めていないのかはわからないが、少なくとも最悪のタイミングであることは確かだった。

「ねぇねぇ、さっきのエレーヌさん、見ましたぁ?」
「あ、あぁ」

 ぎこちない様子の殿下は、見ていて少しせいせいするわね。
 メイベルさんはあまり大したお返事がないことにムッとしたようで、可愛く頬をぷっくりと膨らませる。

「ちょっとディル殿下ぁ! なんでいつもみたいにエレーヌさんのことを――」
「メイベル!」

 いつものように悪態をつこうとしたメイベルさんを、少し強めな語調でディル殿下が遮る。
 きょとんとする彼女を前に、ディル殿下はすごく申し訳なさそうに眉尻を下げた。

「すまない……少し用ができてしまったようでな……。今日のところはいったん帰ってくれるか」
「えぇー!?」

 目の前で急に痴話喧嘩のようなものが始まってしまった。
 キンキンと甲高い声で不満を漏らすメイベルさんと、普段の威勢をどこかに捨ててしまったかのようなディル殿下。
 はたから見ているだけだとそれなりに面白くはあるが、半分ほど当事者なので、少し周囲の視線が痛い。
 でも、”ちょうどいいタイミング”なので、二人の本当の恋を邪魔する悪女をここで少しお見せしようかしら。

「そうですわよ、メイベルさん」

 私はゆっくりと二人のもとに近づくと、ディル殿下の腕にするりと絡む。
 一瞬振りほどかれそうだったが、ぎゅっと力を込めて抑止する。
 おそらく周囲にメイベルさんしかいなかったら力任せに振りほどかれていたと思うが、そこはさすがディル殿下、ぴたりと止まった。

「申し訳ないのだけれど、私たち、王妃殿下にご挨拶にいく必要がありますの」
「じゃ、じゃあ私が行くんだから!」
「ふふっ……」
「何がおかしいのよ!」

 可笑しさを耐えるように口元を隠すふりをして、メイベルさんをじっと見据える。
 そして持っていた扇を閉じたまま、彼女に向けた。

「あなた、レンミル学園に入学されているはずなのに、マナーが微塵もなっていないじゃない。それなのに、王妃殿下にご挨拶ができると思って?」
「なっ……マナーなんて、別にいいじゃない! マナーができなかったからって、誰かが死ぬわけでもないんだし!」

 ……レンミル学園の先生方が周りから白い目で見られる……というのは想像しなかったのかしら。

「そう思っているのであれば、この先こういった社交はお控えになるほうがよろしいですわ。きっと良い結果をもたらさないですもの」
「なんですって!?」
「それにあなた、ディル殿下と一緒に王妃殿下にご挨拶に行く……だなんておっしゃいましたけど、それも難しいと思いますわ」
「意味わかんないんだけど! なんでよ!」

 その甲高い声で王妃殿下にご挨拶しようものなら、衛兵に無理やり追い出されるわ、というのは置いておいて。
 私はどこか皮肉めいたように見えるように、精一杯目を細めた。

「だって、一緒にご挨拶ができるのは、婚約者である私、なのですから」
「~~!!」

 一瞬にしてメイベルさんの顔が赤くなる。
 しかし彼女が叫び始める前に、追い打ちをかけることにした。

「あなたそもそも、この夜会にご招待されていないでしょう? 学園の成績を見るまでもなく、先ほどのご様子からすると……学園から夜会への参加が出ていないはずだわ」
「あ、あんなのは学園が勝手に言ってるだけだもん! ねぇ、ディル殿下!」
「…………」

 ディル殿下は黙ったまま、視線をさまよわせるのみ。
 一国の王子が、貴族のためにひらかれている学園を非難するわけにもいかないし、そもそもとしてディル殿下、学園に来てないからわからないのでしょう。

「まさかこの国の第四王子であるディル殿下が、そのようなことに賛同するはずがありませんわ!」

 ぐっ……と彼女は黙り込む。
 彼女も周囲にたくさん人がいる中で、『ディル殿下が学園を下に見ている』だなんて言えないはず。
 彼女は黙ったまま歯を食いしばり、こちらを睨みつける。
 私はそんな彼女に、最後の一撃を加えた。

「ご存じないかも知れないけれど、貴族には貴族のしきたりがあるの。少しはマナーを学んでから出直してらっしゃいな、平民さん」

 真っ赤になっていたメイベルさんの顔が、さらに真っ赤になる。
 目尻に涙を湛えた彼女はどすどすと足音荒くこちらに駆け寄り、ディル殿下の腕をひったくり掴もうとする。
 しかし彼はその手をさぞ申し訳なさそうに振り払う。

「なんで! 私のことが好きなんじゃないの!?」
「…………すまん」
「!!」

 ディル殿下のシンプルな謝罪を聞くなり、彼女の目尻にたまった雫がボロボロと零れ出る。

「じゃあディル殿下、参りましょう。婚約者である私と一緒に、王妃殿下にご挨拶を」
「あ、あぁ……」

 ディル殿下が頷くなり、メイベルさんは踵を返し、周囲の人々にぶつかりながら広間から出ていった。
 直後思い切りディル殿下に睨まれ、力強く腕を振り払われてしまったが、マシュー殿下やお姉様がいる手前か、しっかりとご挨拶だけはしてくれた。
 まぁ、挨拶を終えた瞬間にこちらも勢いよく走って広間へ消えてしまったのだけれど。

 とぼとぼと一人でお姉様のもとに戻ると、お姉様とマシュー殿下が黙ったままぎゅっと抱きしめてくれた。

「エレーヌ……嫌だったらすぐにでも彼と離れていいのよ。作戦なんて、私たちだけでできるんだから、あなたが嫌な思いをする必要はないの」
「エレーヌさん。私も手を回せるからね」

 近くにいる人に聞こえないよう、二人は小さな声で囁く。
 しかし私は首を横に振った。
 二人が思ってくれることはとても嬉しいのだけれど、二人に任せるのはどこか違う気がししているから。

「私、貴族ですから。売られた喧嘩はお返ししてあげると、お父様やお母様からならいましたの」

 顔を上げニコリと笑う。
 するとお姉様はニコリと賛同してくれるような笑みを、マシュー殿下はややお顔が引きつっていたものの、仕方ないか、と言うように肩を竦めた。
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