さよならの勇気~お隣さんはクールで意地悪な産業医~
「ごめん、唐突だったね。いつも誰かの痛みに寄り添って、誰かのために一生懸命な一条さんが好きなんだ。パワハラで苦しんでいた鈴木さんを企画部に異動させるために、直接人事部長にかけあったり、企画部にも何度も相談に行って、一番熱心に動いていたのが君だった。自分のことで精一杯なはずなのに、他人の苦しみに自分を重ねて、どうにかしてあげたいと行動する。そういう君の優しさをずっと見ていた。それに、俺が卵アレルギーだと話したとき、君はハッピープリンの話をしてくれて、それ以降の差し入れは必ず卵不使用のものを持ってきてくれた。何気なくこぼした俺の一言を、君が真剣に受け止めてくれた証拠だ。小さな気遣いかもしれないが、その一つひとつに救われていたんだ。とにかく、そういう誰かの心にそっと寄り添える一条さんに、いつの間にか惹かれていた」

 私の前ではいつも不機嫌そうだったから、先生が私の行動をそんな風に捉えていたのは意外だった。

「ズルイですよ。先生、全くそんな素振り見せてくれなかった。私、嫌われているかと思ってました」
「正直に言うと、俺も葛藤していたんだ。君には彼氏がいたし、産業医という立場上、一線を越えるべきではないと思っていたから。だから、君を突き放すような態度を取ってしまっていたが、嫌いだと思ったことは一度もない。それに好きな女性の前では、どう振る舞えばいいか分からず、不愛想になってしまうんだ」

 先生の真剣な気持ちがひしひしと伝わってきて胸が熱くなる。
 葛藤する程、私のことを考えてくれたことが嬉しい。
 私もそんな先生にいつの間にか惹かれていた。

 でも、石黒くんと別れたばかりで先生と付き合うのはまだ考えられない。

「先生、あの」
「今は誰かと付き合うのは考えられない、だろ?」

 私の言葉を遮るように先生が口にした。

「はい」
「俺が悪かった。俺のことはゆっくり考えてくれればいいから」
「返事を待ってくれるんですか?」
「待つよ」

 優しく微笑んだ先生を見て、ほっとする。
 とりあえず今は新居を探さなければいけない。そして、先生は魅力的な提案してくれた。

「先生、図々しいお願いなのですが、ルームメイトの件はお願いしてもいいですか? 家賃はちゃんと払いますから」

 先生が意外そうに大きく目を見開く。

「もちろん」
「ありがとうございます」

 先生が手を差し出した。

「同居人としてよろしく」
「よろしくお願いします」

 先生の手を握ると先生も優しく私の手を握ってくれた。
 これから始まる同居人としての先生との生活に胸が高鳴った。
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