恋心はシェアできない

(碧生、今日何時に仕事おわるんだろ)

交際していきなりの遠距離で不安もあったが、この三ヶ月間、碧生は毎日欠かさずLINEをくれ、金曜の夜はテレビ電話をするのが恒例になっている。

私がアパートのエントランスをくぐれば、鞄の中のスマホが震えた。


(あ、碧生だ)

「もしもし?」

──『──咲希。仕事終わった?』

低く穏やかな声が耳元から聞こえてきて私の心臓がとくんと鳴る。


「うん。終わってアパートの前。碧生は?」

──『…………』

「ん? 碧生?」

私が自分のスマホの電波を確認しようとした時だった。ふいに背中が温かくなって甘いワックスの匂いが鼻を掠めた。

(!!)

「見つけた」

その声に振り返れば碧生の切れ長の目と目があう。

「え……碧生、なんで……」

「なんかすっごく会いたくなったから、午後休取って新幹線で来た」

「嘘でしょ」

「あれ? 俺に会いたくなかった?」

意地悪な顔をする碧生に私はか細い声で返事する。

「それは……すっごく会いたかったよ」

ちゃんと言葉にすれば、彼が愛おしそうに私の髪をひと撫でする。

碧生と付き合い始めてから、私はできるだけ自分の気持ちを伝えるよう努力している。

もうすれ違いは沢山だから。

心の中はちゃんと言葉にして、初めて伝わることを嫌というほど思い知ったから。

そして──この恋はきっと私にとって最初で最後だと思うから。
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