こちらヒロイン2人がラスボスの魔王と龍になります。

酒と男と女

 ハイネの瞳孔が膨らみますます赤い夕陽を思わせ、自分の右頬が熱くなった。

「言う必要はない」

「その言いたくないそれがそれなんじゃないんですか?」

 これ以上はまずい、とジーナはハイネの手を取って持ち上げた。

「もうそんな話はやめてさハイネ! 今日は私の奢りなんだから何でも好きなものを食べよう! 一応お祝いだし」

 その話の続きをするぐらいならなんでもしよう! との決意を込めていったものの、ここで怒鳴られても、これでいきなり手を取らないでと話が流れたらいいな、と期待しているとハイネは笑顔となりなにやら妙に輝いた。

「はい。あなたがそうしたいのなら、そうしましょう。お喋りばかりしていたら時間が無くなってしまいますからね」

 案外素直に話はまとまりハイネは歩き出した。その握られた手は離さずに前へ、ジーナは引きずられていく格好でついて行く。

 しかし昼ご飯を食べるだけでもこれだけ面倒だとしたら、これから先どれほど面倒なのか……そんな心配をしながらジーナは二人ならんで歩きだすもハイネは口を閉ざしたまま迷いもなく中央路の中ほどで横道に入り真っ直ぐに進む。

「道沿いの店に入った方がいいんじゃないのか? パレードがはじまったら席から見られるし」

「通りに面したお店はどこも満席ですよ。そのぶん大通り沿いから離れたお店はどこも空いていますから狙い時です」

 ハイネは振り返らずに言いズンズンと進んでいく。このままどこに? このまま奥深き所まで行くのでは? それはまずい! 危機感を覚えたジーナはいきなり横を向く。

「そっそろそろこのあたりの店にしよう。そうだあそことか」

 止めるためにハイネの手を強く握るとその意志に気付いたのか進軍を止めジーナの指差す店に目をやった。

 年季の入った小汚く古ぼけた店構え。

 酒場なのか料理店なのかパッと見ではわからない曖昧さ。

 客は誰もいない上に店員も椅子の背もたれに身を預けあくびをしながら本を読んでいる。

 あのやる気のなさにだらけた雰囲気はさぞかし人に安心感と気安さを与えてくれるだろう、とジーナは偶然なことだが一目見るなり気に入った。

 自分がこれなら感性が逆なはずのハイネはきっと嫌がり、店に入らないかまたはすぐに店を出ようとするかのどっちで都合がよい。長居は禁物なのだから。

「え……良いのですかあのお店で?」

 ほら嫌がった。何とハイネがいつもより小さく見えることか! ますますこの店が好ましくなってきたとジーナはハイネを見下ろしながら言った。

「これはこっちの台詞だな。ハイネはあの店でも良いか? 私はどうしても入りたくてね、ハイネが嫌なら一人で入るが」

 我ながら強く出たな! と自分の言葉に驚きながらハイネを伺うと少し悩んでいるように頭を動かしている。その揺れ動く頭頂部、やがて止った。

「……あなたが良いと言うのなら私は構いませんけど」

 不本意ながらの同意は珍しいなと思いながらもジーナはハイネの手を引いた。

 じゃあそうしよう、と意気込んでその店へ、近づくと店名が見えてきた『天秤』? 変な名前だなと思っていると、さっきまで好ましくダラダラしていた店員が勢いよく立ち上がり笑顔となって出迎えにきた。何だその対応は? そんなやる気を出すんじゃない。

「ようこそいらっしゃいませジーナ様にハイネ様」

 うん? と戸惑いを覚えるほど爽やかな声を聞くとジーナの頭は混乱に陥った。というかなんで名前を知っているのか?

 するとどうだろう、聞く前にもう案内をされ、席はテラスの見渡しが良いいわゆる一等席に気が付くと座っていた。時が飛ばされたようにまるで魔術のように。

「ここのお酒は種類が沢山あって初見では選びようがないので、僭越ながら私が決めますね。瓶ごと一本をあらかじめ頼んでしまった方が良いでそうしましょうジーナ」

 目の前の女が呪文を唱えるように意味不明な言葉を述べてきたので混乱中のジーナは分かったそれにしよう、と答えるとハイネはいつものと頼み隣にいた筈の店員が足音もなく消え去って行った。

 なんだ、ここは?

「ちょっとびっくりしましたね」

 ハイネは満面の笑みでそう言うとジーナは心の不安が最大限に膨らむのを感じた。この女はこちらの不安をいつも喜ぶ。

 なんだお前らは? 私の知らないうちに話を進めないでくれ。

 お前らはいつもそういう感じだ。

「ジーナがこんな良い店にどうしても入りたいって言うなんて」

「えっ? なにが?」

「ふふっやっぱり! 知らずに入ったのですよね。ここは有名な店ですよ」

「この店が! その、まずいとか安いとかで」

「まさか。逆ですよ、逆。知る人ぞ知る、というか中央の趣味のよい方々が常連になる、そういったお店です」

 ジーナは天を仰ぐようにして辺りを見渡す。くたびれて、汚れて、埃臭い、ここが? 趣味がいいとはなんなのだ?

「こんなオンボロな店構えで?」

「伝統といってください。もうジーナったらいけませんよその貧しい感性は。この雰囲気を趣があると感じなくては。私は好きですよこの雰囲気は。こう、いま自分は歴史に列なっているという感じがして気分が高揚します」

「歴史というが私には埃が積もっているようにしかみえないのだが」

「もう、この人ったら! いいですかここはですね、かの龍祖が仲間たちと何度も宴を催したという伝説まである由緒ある歴史的な建築物ですよ。まぁ何度か修繕とかはしたでしょうが、この度の戦乱もここには及ばずと、いったところでしょう。やはり歴史という権威は戦乱による火も防ぐということでしょうかね」

 まるで同意できないことをハイネが喋っているのをジーナは苦々しく聞いていると、いつの間にか机の上に酒瓶とグラスが置かれていた。

 それは風か幻か、というようなぐらいにジーナでさえ気づけない気配の消し方であった。

「なんだこの動きは……店先で気持ちいぐらいだらけていたのに」

「客の前ではビシッとしていればいいのですよ。あなただって戦場では誰からにも信頼される英傑らしいじゃないですか」

「それは普段だとだらけている男だとも聞こえるのだが」

「はい。ふふっそんな顔しないでください私の前だとそういう男でいいのですから」

 何がいいのやらとジーナは酒瓶を手にとってみると嫌な予感が走った。

「この頼んだ酒はもしかして凄い値段なのか?」

「中ぐらいのを選びました」

「ここの中ぐらいって……」

 さっきまで廃墟みたいな店だと思っていたのに突然あらゆるものが贅を尽くして設けられた一つの歴史的芸術品の中にいるような錯覚をジーナは覚える。

「値段を聞いちゃいけませんよ。聞いた途端に不味くなりますから」

 いつの間にかグラスには酒が注がれていた。まさか気を失ったのか? あるいはこの店の魔術か?

 そう思っていると手はグラスを握っており無意識に、言葉が出ていた。

「お祝いに、乾杯」

 お祝いってなんだ? と思うもハイネは疑問は無いのか気持ち良さげに微笑みグラスを傾けジーナもそれに続き酒が喉を通り、目が覚める。

「えっ? これは命の水だ!」

「蒸留酒ですけど」

「それはそうだけど、これは私の地元にもあったつまりは西の酒でそう呼んでいたんだ。味も似ているとは」

「へぇそうなのですか。ここの店では一番初めからあった酒なようですが、まさか西にもあるとは……偶然、なんですかね?」

 グラスの中で揺らめく琥珀色の液体を陽に当てると光を含んだその色も故郷の酒と同じだとジーナは確認した。

 もはやこれは似ているではなく、全く同じものだ……同じであることはいいが、何故に同じであるのか?

 あの酒は村でしか呑んではいないし、外にも出さないようにしているのに……

「そのお酒、ブランをジーナはお好みですか?」

 ここではそういう名前か、とジーナは我に返った。

「そこそこに。なんたってこちらだと高級酒だから祝いの日にしか呑めなかったからな。だから旨いより前に緊張が先に来る」

「もっとリラックスしてくださいよ。そうですかハレの日の酒でもあるなんて良い偶然ですね。いまのこれもお祝いの席でもありますし」

 やたらと祝いを強調するがいったいそれは?

「そのちびちびとした呑み方……さてはジーナはここの料金をどうすればいいのか、と思っていますね」

 思ってはいなかったが、言われてみてさっきから抱いていた不安が一気に足元から昇ってきた。

 財布の中身をジーナは頭の中で考え出す、いつもより少し入っているが、だがしかし……

「フフッご安心を。ここはつけ払いですからジーナの懐が寒々しくても問題ありませんよ。初めてでも大丈夫です。ほらここに入った際に店員がジーナの名前を呼びましたよね? あれは要職に就いている人や有名な人の名前と顔を覚えることに長けている人なんですよ。だから名前を呼ばれたということは後日清算で構いません、ということでいいのです。この店の大半の客は地位の高い人達であり、ある意味で隠れ家的なものであって秘密の保持も万全という店でしてね」

「それが歴史と伝統があるということなのか」

「そういうことです。とりあえずお金のことは忘れましょう。それを考えたら楽しめませんしジーナだってたまにはそういうことをして遊んでも良いじゃないですか。あなたは祝勝会の際も眠っていましたし復帰後も隊員達から退院祝いをしたぐらい、と少しぐらい羽目を外したって誰も変だとは思いませんよ。むしろとても人間らしくて良いと、みんな逆に安心してくれるはずです」

 そういうものなのか? とジーナはグラスに酒を注いだ。祝うことなどなにも無いから祝わない、それだけであり、それ以外に何も無かった。

 みんなの戦いはほぼ終わり今は戦後の気分に入っているというのに、自分は未だに戦中であり、そして前線に立ち続けている……それなのにこう言われると。

「あの、なんで独り占めしているのですか? 私にも注いでくださいよ」

 物思いに耽っていると前から聞き慣れた非難の声が飛んできて見上げると空のグラスが鼻先にあり、睨む女の眼がグラス越しに歪んで大きく見えた。

「一人祝いは駄目ですよ。二人で祝わなければならないのですから。はい、どうぞ注いでください」

「別に独り占めするというわけではないが。ハイネは酒は飲めるのか?あまりそんな印象はないのだが」

「あまり飲めませんね。いつも一二杯で十分なぐらいで、まぁそれは我慢しているからかもしれません……何に対してかは不明ですけど」

 独り言を言いながらハイネは半分ぐらい注いだグラスをほぼ一息で呑み干して、また同じ位置にグラスを突き出した。

「いまのはノーカウントで数に入れません。何故ならあれは一杯ではありませんでしたからね。ちゃんと一杯にしてください」

「おいおい大丈夫か? これは弱い酒じゃないぞ」

「ジーナはお酒が強いのですよね? ルーゲン師との飲み合いでもちっとも乱れなかったようですがどうなのです?」

「酒は嫌いでないしまぁまぁ強いが、どうも私は大して酔っ払わないようなんだ。だから積極的には呑まないようにしていてな」

「それって自分自身にいつも酔っているからじゃないですかぁ?」
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