魔力を喪った賢者の娘は、とある帝国公爵の呪いを解いてあげたのです……が? ~傾く領地を立て直したら、彼が私に傾いてきた~
「お前が従わないならば……まず、この父親から殺してやろうか」

 闇の精霊は、気絶している父の頭を掴み上げると、その首筋に黒いナイフを当てた。その恐ろしい切れ味が、たちまち父の皮膚に傷を付け、ぽた、ぽたと地面を真っ赤な雫で染める。

「やめてぇぇぇぇぇっ!」
「くくく、いい声で鳴くなよ。続きが聞きたくなってしまうだろうが。さあ、お前にも、母親のように選ばせてあげようか。ここできっぱりと父親を見捨て、私に勝ち目の薄い戦いを挑んでみるか……あるいはこいつを見捨てず私に身を委ね、お前自身が帝国全てを包み込む災いの種と成り果てるか……」

 闇の精は、父に突きつけた刃を微動だにさせず、楽しそうな目付きでこちらを眺めている。対して私は、明かされた事実の苦しみで頭がめちゃくちゃになり、がくがくと震えることしかできない。

「どう……しろと……いうの」
『いけません! シルウィー、己をしっかり保ちなさい! そのままではお前の心まで闇に呑まれてしまう!』

 先程からしきりにペンダントが明滅し、私になにかを語り掛けている。しかしその声も、周りに遮る闇に吸い込まれたかのように、ぼんやりとした耳鳴りのようにしか、響いてこなかった。
< 1,013 / 1,187 >

この作品をシェア

pagetop