魔力を喪った賢者の娘は、とある帝国公爵の呪いを解いてあげたのです……が? ~傾く領地を立て直したら、彼が私に傾いてきた~
 中身に手を伸ばし、取り出した一枚のビスケットを口の中に放り込む。香ばしい感触に優しい甘さが空腹を癒し、小さな笑みが口元に浮かんだ。これはもちろん、戦いに赴く前にシルウィーたちが用意してくれたものだ。

(あいつら、どうしてっかな……)

 城に残してきた家族や仲間たちの顔を頭に浮かべてみるが、やはり心配になるのはシルウィーのことだ。あいつはなにかあれば自分の身を省みずに危険に飛び込んでゆくところがあるから……いくら周りに窘める人間がいても安心できない。振り回され気味だったここ数カ月を思い返すが、それでも……今はあいつを信じるしかないと自分に言い聞かせる。

 兵士たちに声掛けして士気を上げるのも司令官の仕事だ。ついつい何枚も手がでそうになる自分を戒めつつ、最後に半欠けのやつを口にし、階段に向けて踵を返したところ……後ろから重たい足音が近づいてきた。

「おう小童が……年寄りのお株を奪いよったな」
「なんだ、クリム爺かよ。意外と遅かったな」

 こちらの早起きを揶揄した老将が、苦笑しながら近づいて俺の隣へ並ぶ。
 縦にも横にも分厚いその甲冑姿は貫禄があり、先日足を引きずっていたとは思えない姿だ。
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