魔力を喪った賢者の娘は、とある帝国公爵の呪いを解いてあげたのです……が？ ～傾く領地を立て直したら、彼が私に傾いてきた～

　そう言って身体を離したメレーナさんの目元には、小さな涙の粒が浮かんでいた。しかしそれを彼女は瞬きして払うと、私の身体を離し手を引いて立ち上がらせる。そうして、お店の外に連れ出すとかちりと鍵をかけ、振り向いた。

「普通の生活だったから、大して話せるようなことはないんだ。だから短い間だけど、あんたをマルグリットだと思って接することにするよ。多分、その方が……あんたの母さんが、ここでどんな暮らしをしていたのかその身体で感じ取った方が、分かることが多いと思うから。さ、外に飯でも食いに行こう。あの子といつもお昼はそうしてたんだ」
「は、はい……！」

　それから――三日という限られた日々の間だったけれど、私はメレーナさん仕事の手伝いをして過ごした。もちろんそれだけじゃなく、ちゃんと言葉にしても母の思い出を伝えてくれたけれど。

　彼女が優しく、時には厳しく側に付いて教えてくれる中で、私はまるでお母さんの記憶の断片を追体験するような形で、メレーナさんの後ろ姿を見つめていた。

　一番近くに寄り添い、一生懸命に知識、経験、財産、そしてその心まで……自分の持てるあらゆるものを惜しみなく与えようとしてくれる、そんな存在がそこにはいて。