明治女子、現代で御曹司と契約結婚いたします
 出てきたのは、櫛。

「とうごさん――」

 嗚咽とともに漏れたその声で桐吾にはわかった。今呼ばれたのは自分ではない。昔の許婚の冬悟の方。

(冬悟からの贈り物、か)

 澪が本当に大事にしていた物だからここに納められたということだろう。澪の魂をなぐさめるために。
 愛らしい小花が彫り込まれた櫛は、元は華やかに彩られていたのかもしれない。古びて褪せた紅が見えた。桐吾は平静をよそおい静かに訊いた。

「これは、澪の物だな」
「そう――そうなの。私よく髪に差してた」

 澪は泣き笑いで顔を上げた。そしてハッとなる。桐吾の目に感情がなかった。

(私さっき冬悟さん、て――あの人から贈られた櫛だって桐吾さん気づいたかしら。桐吾さんは冬悟さんに遠慮してくれてるのに、私ひどいことを)
 
 桐吾は〈妻〉の役を頼んで悪かったと気づかってくれたのだ。罪悪感に胸が騒ぐ。

(そんなことないの。冬悟さんのことは好きだったけど、大切な思い出だけど、今の私が一緒にいたいのは――桐吾さんだわ)

 澪はそっと櫛を布でくるみ直した。涙を拭き、なんでもないことのように笑ってみせる。

「びっくりした……でもボロボロね。本当に百五十年経ってるんだってわかるわ。ねえ、これどうすればいいかしら」
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