明治女子、現代で御曹司と契約結婚いたします
「そちらの案は大規模すぎる気がしました。もし想定通りの集客営業が成功したとしても、あの町のキャパを超える。オーバーツーリズムに町民が疲弊するでしょう。それに環境負荷の計算が甘い」

 桐吾は言葉を濁さなかった。言うべきところをぶつけ、折り合える相手でなければ合弁事業などできない。果たして向日葵は深くうなずいてくれた。

「その通りですわ」
「は?」
「あの案は上から押しつけられたものですの。わたくしの趣味ではありません」

 思わず振り向いて見た向日葵の横顔はキリリと美しかった。趣味、という言い方が引っかかるが、桐吾の発言内容に賛同してもらえたのはありがたい。
 しかし、「上」か。桐吾が伯父に悩まされているように、向日葵にも戦うべき上層部があるのだろうか。向日葵は少し声を低めた。

「SAKURAに接近をはかっているそちらの常務、いらっしゃいますわね」
「――おりますね」

 それがまさに、今想像した伯父・正親だ。

「彼が接触しているうちの人間と、わたくし――趣味が合わなくて」
「趣味」

 その表現は、どうやら向日葵の美学的なものらしい。食べる手を止め、ひそやかに熱弁をふるわれた。
 企業たるもの社会への貢献があってこそ成り立つ。SAKURAホールディングス傘下の経営内容は多岐にわたるが、特に開発にたずさわる自分の事業で生活に及ぼす影響へ配慮できずしてどうするのか。開発開業後わずか十年・数十年で廃墟と化す施設は枚挙にいとまない。当面の利益を追求しすぎるからそうなる。そのような現状を改革せねばならない――。
 なんとも真っ当な意見だ。桐吾は毒気を抜かれてうなずいた。

「その志にはおおいに賛同します」
「ありがとうございます」

 向日葵はコーヒーでのどを潤す。そして桐吾に色っぽい流し目をした。

「あなたならそうおっしゃると思いましたわ。だから夫として隣に欲しかったのに」
「帰りましょうか」
「あら冗談ですってば」

 コロコロと向日葵は笑った。

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