明治女子、現代で御曹司と契約結婚いたします

愛をたどって

 ✿ ✿


「さて――」

 玄関先でコートを羽織った桐吾は、やや緊張の面もちだった。今日は、あの計画の実行の日。

「じゃあ、打ち合わせ通りにな」
「桐吾は何度もしつこいの。我もいるのだから心配無用と言うておろうが」

 人間の姿で見送りにきていた白玉はあきれ顔でリビングに引っ込む。しばらく待機になるので猫に戻っているつもりなのだ。

「桐吾さん……」

 澪は白玉ほど肝が据わっていない。指示通りうまくできるか不安で、いつものように笑えなかった。

「澪」

 心細そうにされて桐吾は腕を伸ばした。頭をポンポンとなでようとし――なんとなくやめた。そっと頬に触れる。知らない場所に〈飛ぶ〉なんて荒業に挑む澪にどうやって報いればいいのだろう。

「すまない。危ないことをやらせて」
「ううん……私、桐吾さんのためなら」

 伏し目がちに言う澪への愛おしさがあふれてどうしようもなくなった。桐吾は澪の頭を抱き寄せる。澪が驚いて顔を上げた。

「あ――」
「ありがとう澪」

 ささやいた桐吾が髪に頬を寄せた。何かが澪の頭に軽く押しつけられる。澪の心臓がはねた。

(――え。くちづけ?)

 息をのみ立ち尽くす澪を放した桐吾のまなざしが甘い。口の端には微笑みが浮かんでいた。

「行ってくる。連絡を入れたら、頼むぞ」

 用件のみだが桐吾の声はやわらかく澪を包む。澪は何故かコクと小さくうなずくしかできなかった。

 桐吾はドアを開け出ていく。提げた鞄の中には古びた木箱が大切に入れられていた。その箱の中身は――祠に納められていた、あの櫛だ。

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