明治女子、現代で御曹司と契約結婚いたします

  ✿

 桐吾はふるえそうになる手でハンドルを握り帰宅した。こんなに安全運転が難しかったことはない。動揺から視野が狭くなるし、交通法規を無視して突っ走りたいのをかろうじて我慢した。深呼吸しながらマンションに車を入れる。

「――澪!」
「やっと来たか。部屋におるぞ」

 玄関を入るなり叫んだのを白玉が冷ややかに迎えた。そのにらむような視線に心が凍る。
 もしやもう、危ないのか。

「澪の部屋だな」

 鞄を放り出しコートを脱ぎ捨てると、桐吾はノックもせずにドアを開けた。
 ピクン。横たわっていた澪がゆっくり顔を動かす。
 桐吾を見るまなざしは力なく、だが澪は幸せそうに微笑んでいた。

「……桐吾、さん」
「澪、大丈夫か」
「あれ、まだ明るい……お仕事は?」
「おまえが倒れたと聞いて帰ってきた」

 桐吾はマットレスの脇に膝をついた。
 ベッドの枠は購入せず、とりあえずのしつらえでしかない澪の部屋。だって澪と桐吾はいつまで一緒にいるかわからなかったから。
 〈契約夫婦〉。そんな二人の関係は果てしなくもろい。

「澪――消えないでくれ」

 懇願し、桐吾は手を伸ばした。布団の上からすがりつく。
 澪との絆をもっと強く結んでおけば。後悔が心を締めつけた。
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