明治女子、現代で御曹司と契約結婚いたします
 これまでの桐吾が心を隠し続けていたのは、久世の家の中で弱みを見せないため。能力と上下関係を基準に動く歯車として、自分を作ってきたからだ。
 でももう、そうしなくていいとわかった。

『放さない。文句ないな』

 そんな乱暴で上からの言い方しかできない桐吾のことを、澪は受け入れてくれた。息もつがせないほどの口づけを抱きとめてくれた。
 愛して、そばにいる。家族などそれでいいのだ。ただそれだけで。

 澪がカフェのテラス席をふり返った。桐吾が顔を向けていることに気づいたのか、大きく手を振ってくる。桐吾も手を上げて応えた。帰り支度をしながら向日葵は苦笑いだ。

「ふふ、澪さんったら子どもみたいに」
「素直でいいでしょう?」

 コートの裾をひるがえし、澪は駆け戻ってくる。ともに走る白玉の足取りも軽やかだった。外に出ると邪気をたっぷり補給できるから。

「――桐吾さん!」
「おかえり。おもしろいことはあったか」
「木にとげとげの丸い実がたくさんついてたわ。食べられなそうだったけど」
「収穫するのはやめてくれ」

 どうでもいい報告と軽口。そんなことが幸せだと感じる。
 向日葵に会釈をすると桐吾は澪の肩を抱き、歩き出した。

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