明治女子、現代で御曹司と契約結婚いたします
「――は?」

 振り向いた桐吾の眉間が険しくなる。この断罪劇を打ち合わせるにあたって、そこまでは言われていなかったのだが。

「待ってください会長」
「うるさい桐吾。わしはもう決めた」
「お父さん! どうしてそんなことを! 私には尚親という息子がいるじゃないですか!」

 床から正親もわめく。内孫のことを言い立てられて忠親は渋い顔だった。

「――あれには荷が重い」
「そんな!」
「それにあれは孫だが、桐吾は息子だからの」
「え、お父さん何を」
「忘れたか。桐吾を養子にしたのはわしじゃ」

 十数年前に行われたその養子縁組の細かい経緯、正親は半分失念していたらしい。ポカンと口を開けへたり込んでいた。元から甥だったこともあり、引き取ってやった久世の恩を売ることばかりに思考がいっていたのだ。

「桐吾も立派に身を固める気になったし、ちょうどよかったわい。おい澪、こっちへ」
「――はい」

 隣の会議室のドアを開け、そっと入ってきたのは澪だ。
 何故か出社に同行させるよう祖父から命令され、隣室で待機していたのだった。伯父をやり込めるためだったかと桐吾はがっくりした。
 正月に本家を訪問して話してから、忠親は澪のことをいたく気に入ったのだった。なんの裏もない愛にあふれた澪に感化されるぐらいには、忠親もやわらかな感性を持っていたということか。

「ええと……」

 澪は床にいる正親に目を丸くした。桐吾と忠親、正親の間を視線がさまよう。

「おう待たせたの。そこの奴がわしの息子じゃ。澪にも迷惑をかけた」
「迷惑だなんて、そんな」
「桐吾が見合いを押しつけられて困ったのだろう? 勝手なことをしよって」
「わ、私は会社と桐吾のために! 良縁だと思って!」

 ぐだぐだと言い訳する正親に桐吾の目が鋭くなる。何が「桐吾のため」だ。軽蔑を込めて突き放した。

「御託はいりませんよ」
「おまえ……貧乏から救ってやったのを忘れたか! 水無月なんぞ旧家だが吹けば飛ぶような家のくせして! いい家の嫁をくれてやろうとしただけじゃないか!」

 ドン。
 正親がわめいた瞬間、妙な衝撃が部屋を揺らした。
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