明治女子、現代で御曹司と契約結婚いたします
(なんだその顔! その声! どーしちゃったんだ部長ぉ――っ!!)
 
 声にならない大合唱を尻目に、桐吾はフロアの端にいる澪のもとへ歩み寄った。澪は困り顔だ。

「お爺さま、お疲れになったとおっしゃってお帰りに。私はもういいって」
「……我がままだな」

 少しおしゃべりしたいと引き留められていた澪。気が済んで放り出されたらしい。

「じゃあ先に帰――あ、」

 そこで桐吾も気づいた。澪は一人で電車に乗ったことがない。澪はへにゃ、と笑った。

「そうなの。だから私……」

 そっと背伸びする澪に、桐吾は身をかがめた。

飛んでも(・・・・)いい?」

 澪はいたずらっぽくささやく。桐吾はやや難しい顔をしたが、渋々うなずいた。でないと桐吾の帰宅まで何時間も待たせることになる。どこか安全な物陰から飛ばせて(・・・・)見送るしかないのだ。

「倒れないよな?」
「もう! だいじょうぶ。今日はお仕事してる桐吾さんを見られて幸せになったから」

 ふんわり笑った澪は、周囲の視線に気づいて目をぱちくりした。照れくさそうに会釈する。桐吾はいきなり不機嫌になると、澪の肩に手を回し部を出ていった。

(澪は見世物じゃない)

 ――社員たちが驚愕してながめていたのは桐吾の方なのだが、本人はわかっていなかったようだ。

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