明治女子、現代で御曹司と契約結婚いたします
 小声で話を振る。

「では……澪さんもひと安心ですね」
「そうだな」

 華蓮の裏任務は、引き続き澪の調査だった。縁談を壊す原因となった女性について知り、桐吾の弱みを握りたいのは正親の意地。

 正親は桜山守との折衝を実子である尚親に任せたい意向だ。尚親は久世建設経営戦略部付役員であり、次々代のトップとなるべく育てられている。つまり従兄弟の桐吾とはライバルにあたるのだった。
 桐吾自身は社を背負って立つ気などない。伯父と従兄から勝手に警戒されているのだが、それも仕方ないことだろう。会長お気に入りの桐吾は有能で実力主義だが、前に出て偉ぶらないことから実は社員の人気も高い。

「澪さんは、まだお宅に?」
「ああ」
「まあ……ご家族とは大丈夫ですか? 良いところのお嬢さんなのでは。外出した折に連れ戻されたりとか」
「いや。それはないな」

 桐吾は笑いそうになるのをこらえた。澪の実家はもうない。連れ戻されるというと、再び祠に封印という形だろうか。
 澪を心配する風の華蓮。桐吾は疑うこともしなかった。澪のことを話せる相手が他にいないので気がゆるんだのかもしれない。

「外には出ていいと言ってある。近所なら慣れたようだし、迷子にはならないだろう」

 迷子、という言い方に華蓮は微笑んだ。だが同時に胸がチクリと痛む。子ども扱いではあるが、桐吾が澪のことを大切に守っているのが、その言葉に表れていたから。


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