明治女子、現代で御曹司と契約結婚いたします
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「――もうマンションが見えない」

 振り返った澪は、桐吾のマンションが他の建物に隠れてしまったことに一抹の不安を抱いていた。この「こんくりーとじゃんぐる」から生還できるだろうか。

「ふみゃ」
「う、うん」

 白玉に「頑張れ」と叱りつけられ、澪はできるだけキリッとした顔を作った。
 平日、澪は猫の白玉を連れて毎日散歩に出ていた。ごく近所しか歩いていないが頑張っている。現代に慣れるためだ。

(でも、桐吾さんがいないと怖い)

 村から一転、街に放り込まれた澪なのだから心細くなるのは道理だった。せめて桐吾と暮らすマンションが見えれば安心なのだが、似たような四角い建物が建ち並びわからなくなる。

「……今日はどこに行こうかな」

 一人歩きの初日はマンションの周りをぐるっと回っただけで逃げ帰った。その後、桐吾と歩いた駅までの道やショッピングモールは制覇した。今日は反対側に向かってみたのだが、目的地はない。
 迷って立ちどまっていたら名前を呼ばれた。女性の声だった。

「澪さん――?」
「――あ」

 その人を見て澪の顔が明るくなった。立っていたのは華蓮――着替えを買いそろえてくれた良い人、と澪には認識されている。だが実は澪に接触をはかりに来たスパイだ。

「あらためまして、久世部長にはいつもお世話になっています。高橋華蓮と申します」
「こちらこそ先日はありがとうございました。森沢澪です」

 ペコリとする澪と挨拶し、華蓮はやっと澪のフルネームを手に入れた。
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