明治女子、現代で御曹司と契約結婚いたします
 澪の出自はまったく不明。人物や経歴を調べるにも名前すらわからない状態で困り果てていたのだ。桐吾の最近の行動を洗ったが、澪とどこで会っていたのかも謎――デートの痕跡がないのは、突然祠から出てきた澪が悪いのだが。

「みゃおーぅ」

 ひと鳴きすると白玉は華蓮の足もとに寄ってふんふん嗅いだ。華蓮の相好が崩れる。華蓮も猫は好きなのだった。

「猫ちゃんの散歩なんていいですねえ。あ、おめめの色が違う! この子は部長の?」
「いえ、私の……白玉だけは連れて来たんです」
「白玉っていうんですか。きれいな毛並みですし」

 そっと身をかがめる華蓮の手を白玉はペロ、とする。美味しそうだ。

「ふふ……猫ちゃん連れて、公園に行かれるんですか? あっちに大きめのがありますよね」
「そうなんですか? じゃあ行ってみようかな」

 目標を定めたもののきょろきょろする澪に、華蓮は同行を申し出た。
 歩きながら華蓮は引っ越しを考えているのだと説明した。この街も候補のひとつで、今日は有休を取り不動産屋に行ってみるつもりなのだと。まったくの嘘だが、澪はよくわからないままにうなずく。

「お仕事はお休みなんですね」
「はい。私がいなくても部長はぜんぜん問題ないですよ」
「でも高橋さんのこと、すごくほめてました」
「そ、そうですか……嬉しいです」

 桐吾の評価を伝えると、華蓮は照れたように頬を染める。きちんと働いている華蓮のことが澪はうらやましくなった。

「私もお仕事ができればいいんですけど……」
「ええと、でもおいくつですか? すごく若いように見えますが」
「二十一、です」
「はあ……じゃあ学生さんなんじゃ」
「あ。ええと」

 澪は言葉を濁す。桐吾は「大学生の年齢」と言っていたが、澪には大学の制度などわからなかった。設定を詰めておかなかったのは桐吾のミスでもある。だがこんなところで知人に会うと思わないじゃないか。
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