あやまちは、あなたの腕の中で〜お見合い相手と結婚したくないので、純潔はあなたに捧げます〜
ひなの胸が、冷たいもので満たされていくのを感じた。
清栄が、こうした女中たちの世話焼きを好んでいることは知っていた。
今までも、何人かの女中が由緒ある家柄に嫁がれたとも聞いている。
けれど、まさか自分にまで縁談が持ち込まれるとは、夢にも思っていなかった。
「……は、はあ……」
理解が追いつかないまま口から漏れた返事は、相づちとも戸惑いともつかないものだった。
「顔立ちもよろしい方なのよ。真面目で立派な方だし、あなたももう二十三ですもの。そろそろ将来を考えないとね」
あまりにも当然のように語られる「将来」の話に、ひなの心は地に足がつかないような感覚に囚われた。
(結婚……? 私が……?)
心の中で繰り返してみても、まるで実感が湧かない。
両親の仲は良かった。手をつないで歩く姿を見て、幼い頃は憧れにも似た想いを抱いていた。
「私もいつか、あんなふうに」と。
けれど今のひなにとって、その「いつか」は、あまりにも遠いものだった。
朝は庭に出て薬草を見回り、日中は屋敷の仕事をこなして、夜になれば薬の調合や記録をつける。
忙しさの中に張り合いがあり、充実した毎日に、未来を思い描く余地などなかった。
言葉にはならない疑問が、ひっそりと浮かんでは沈んでいく。
「大奥様、私はまだ……」
そう言いかけた時、清栄がすっと手を伸ばし、ひなの肩にふわりと触れる。
その指先は柔らかいのに、不思議と抗いがたい力があった。
「ダメよ、ひな。いいこと? 女の幸せは結婚なの。二十五を過ぎたら、もう誰も貰ってくれなくなるわよ」
優しく言っているようで、その目はまるで逃げ場を塞ぐように鋭い。
清栄の言葉は、世間の常識としては正しいのだろう。けれど、心はすんなりと頷けなかった。
「ですが……」
言い淀むひなの声は、自然と小さくなる。
「ひな」
清栄の声色が少しだけ低くなる。名前を呼ぶだけで、ぐっと圧が増した気がした。
いつも穏やかな笑顔の奥に、こうして隠された威厳があるのだと、改めて思い知らされる。
「あちらもお忙しい方なのよ。すでに日程は決めてあるわ。……会うだけでも会ってちょうだい。……ね?」
柔らかな笑みとともに向けられたその言葉に、もはや逃げ道はなかった。
「は、い……」
口をついて出た返事は、自分のものとは思えないほど小さかった。
清栄が、こうした女中たちの世話焼きを好んでいることは知っていた。
今までも、何人かの女中が由緒ある家柄に嫁がれたとも聞いている。
けれど、まさか自分にまで縁談が持ち込まれるとは、夢にも思っていなかった。
「……は、はあ……」
理解が追いつかないまま口から漏れた返事は、相づちとも戸惑いともつかないものだった。
「顔立ちもよろしい方なのよ。真面目で立派な方だし、あなたももう二十三ですもの。そろそろ将来を考えないとね」
あまりにも当然のように語られる「将来」の話に、ひなの心は地に足がつかないような感覚に囚われた。
(結婚……? 私が……?)
心の中で繰り返してみても、まるで実感が湧かない。
両親の仲は良かった。手をつないで歩く姿を見て、幼い頃は憧れにも似た想いを抱いていた。
「私もいつか、あんなふうに」と。
けれど今のひなにとって、その「いつか」は、あまりにも遠いものだった。
朝は庭に出て薬草を見回り、日中は屋敷の仕事をこなして、夜になれば薬の調合や記録をつける。
忙しさの中に張り合いがあり、充実した毎日に、未来を思い描く余地などなかった。
言葉にはならない疑問が、ひっそりと浮かんでは沈んでいく。
「大奥様、私はまだ……」
そう言いかけた時、清栄がすっと手を伸ばし、ひなの肩にふわりと触れる。
その指先は柔らかいのに、不思議と抗いがたい力があった。
「ダメよ、ひな。いいこと? 女の幸せは結婚なの。二十五を過ぎたら、もう誰も貰ってくれなくなるわよ」
優しく言っているようで、その目はまるで逃げ場を塞ぐように鋭い。
清栄の言葉は、世間の常識としては正しいのだろう。けれど、心はすんなりと頷けなかった。
「ですが……」
言い淀むひなの声は、自然と小さくなる。
「ひな」
清栄の声色が少しだけ低くなる。名前を呼ぶだけで、ぐっと圧が増した気がした。
いつも穏やかな笑顔の奥に、こうして隠された威厳があるのだと、改めて思い知らされる。
「あちらもお忙しい方なのよ。すでに日程は決めてあるわ。……会うだけでも会ってちょうだい。……ね?」
柔らかな笑みとともに向けられたその言葉に、もはや逃げ道はなかった。
「は、い……」
口をついて出た返事は、自分のものとは思えないほど小さかった。