あやまちは、あなたの腕の中で〜お見合い相手と結婚したくないので、純潔はあなたに捧げます〜

5・追放

 後日、ひなと清栄は再び篠宮家へと赴いた。
 挨拶は簡単に済まされ、形式的な言葉を交わしながら、三人はそれぞれ紅茶のカップを手にした。
 ひなは緊張で指先が震え、その紅茶もほとんど喉を通らなかった。
 そっとカップを置き、心を落ち着かせようと深く息を吸う。

 篠宮は相変わらず物腰こそ穏やかで微笑みも絶やさなかったが、その言葉の端々には何か含むものがあった。
 ひなは覚悟を決め、スッと席を立つ。
 その動きに、隣の清栄が「どうしたの、ひな?」と不思議そうに視線を向けた。

(──今日で、終わらせる。もう後戻りはしない)

 心臓が、ひとつ深く鳴る。
 呼吸を整え、姿勢を正し、ゆっくりと頭を下げた。

「申し訳ありません、篠宮様。……私は、すでにご期待に添える身ではございません」

 その言葉が部屋の空気を変えると、篠宮の表情がぴくりと動いた。
 眉間に皺が寄り、目が細くなる。
 ひなは、前に添えた手の震えを止められず、足元さえわずかに揺らいだ。
 
「……どういう意味でしょうか?」

 ──怯んではだめ。ちゃんと、言わなければ。
 ひなは顔を上げ、視線を逸らさずに答えた。

「清白では、ないということです」

 それまで静かだった空間に、張り詰めた糸が弾けるような緊張が走る。
 篠宮の顔から血の気が引き、代わりに冷ややかな怒気が浮かび上がっていく。

「……聞き間違い、でしょうか……?」

 声が鋭くなるのを、ひなは黙って受け止めた。
 篠宮の眼差しは、もはや品定めではなく露骨な軽蔑を含んでいる。

「お疑いでしたら、医師の診断書をつけてもかいまいません」

 震えそうになる声を、喉の奥で堪えながら言い切ると、思わぬ方向から声が飛んだ。

「ひな……!? あなた、何を言っているの!?」

 清栄だった。目を大きく見開き、信じられないというように動揺していた。
 篠宮は勢いよく立ち上がり、ひなではなく清栄の方へと詰め寄る。

「こんな品位に欠ける娘を、僕に押しつけようとしたのですか!」

 その声は、鋭利な刃物のように空間を裂いた。
 清栄は完全に狼狽し、うわずった声を漏らす。

「し、篠宮様……そんな、何かの間違いです……。ねえ、ひな……!」

 情けないほどにすがるような視線。
 だがひなは、それすらも真正面から受け止めて、首を横に振った。

「いいえ、間違いではありません」

 言葉にした途端、自分の中にあった最後の迷いが、すっと消えていくのを感じた。
 それがどれだけの波紋を呼ぶかは分かっていた。それでも、この道を選ぶと決めたのは自分だった。

 清栄は、崩れ落ちるように洋椅子に腰を落とし、顔を上げられないでいた。
 まるで、世間の重みに押しつぶされた人形のように。
 篠宮は冷ややかにひなと清栄を見下ろしながら、吐き捨てるように言った。

「投資の件は白紙に戻させていただきます。縁談もなかったことに。これ以上、無駄な時間を費やすつもりはありませんので」

 そして踵を返し、冷たい足音を響かせて部屋を出ていった。

 その音が完全に消えたあとも、ひなはしばらく動かなかった。
 まるで心の中で何かを弔うかのように、息を整えていた。
 
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