あやまちは、あなたの腕の中で〜お見合い相手と結婚したくないので、純潔はあなたに捧げます〜

8・親子

 朝の空気は、昨夜の熱を嘘のように冷ましていた。

 ひなは、柔らかな陽が差し込む寝所で、隣に眠る息子の寝顔を見つめていた。
 小さく上下する胸と、穏やかな寝息。その姿はいつもと変わらないはずなのに、どこか胸がざわついた。
 昨夜のことが夢ではないのだと、肌が覚えている。
 
 熱を交わしたあの腕の中、背中を撫でる手のぬくもり、耳元で囁かれた低い声。
 ひなの中にこびりついたままの記憶が、身体の奥に鈍い名残を残していた。
 
(……私は、何をしてしまったの)

 小さくかぶりを振り、心の中で自嘲した。
 だが、否定したところで昨夜の事実は消えない。
 あの人の手が確かに自分を求めた。自分もまた、その求めを拒めなかった。

 けれど、今はもう湯乃谷屋の女中としての朝が始まっている。
 ひなはまだ夢の中にいる息子の髪をやさしく撫で、そっと布団を抜け出した。

「いい子にしててね、慶翔……」

 慌ただしく身支度をし、いつものように厨房へと足を運ぶ。布巾を絞り、器を運び、湯の加減を確かめる。忙しなく過ぎていく時間のなかで、少しずつ心が日常へと引き戻されていった。
 そうして、午前の業務を一通り終え控えの間に戻ると──。

「……あれ?」

 慶翔の姿がない。いつもなら、女将と一緒に朝ごはんを食べているはずなのに。早々に食べ終えてどこかへ行ってしまったらしく、ご飯粒が少しだけついた食器だけが卓の上に残されていた。

「女将さん、慶翔は?」
「あれまぁ、さっきまでご飯食べてたんやけどねぇ。どっか行ってしもたんやろか……?」

 廊下に出て周囲を見回すが、姿はどこにも見当たらない。
 
「……慶翔?」

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