あやまちは、あなたの腕の中で〜お見合い相手と結婚したくないので、純潔はあなたに捧げます〜
 その日を境に、慶一郎はことあるごとに慶翔の世話を焼いた。
 食事のときには箸の持ち方をやさしく教え、一緒に風呂に入って背中を流してやる。
 まるで、ずっと前から父親だったかのように。

「これ読んで。くまのやつ」

 寝る前、絵本を手に慶翔がせがむ。

「またこれか。三回目だぞ」

 そう言いながらも、慶一郎はきちんと膝をととのえ、絵本を最後まで読み聞かせた。
 その穏やかな声は、ひなの耳にも心地よく響いた。
 部屋の片隅で静かに聞きながら目を伏せると、涙が滲みそうになる。

 ──期待してはいけない。
 心のどこかで、何度も何度も、自分にそう言い聞かせていた。
 
 けれど、湯治場での穏やかな日々の中で、
 何気ない仕草や言葉、ふとした視線の交差が、胸の奥をじんわりと温めていく。
 自分のためではなく、あくまで慶翔のため──そう思おうとしても、
 彼がふと目を細めて笑うたび、ひなの胸はつんと痛んだ。 

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