あやまちは、あなたの腕の中で〜お見合い相手と結婚したくないので、純潔はあなたに捧げます〜

 
 
 それから数週間後──
 帝都の婦人向け週刊誌『帝都婦人報』の最新号に、目を引く見出しが大きく踊った。

【密会発覚? 湯治場に身を寄せた愛人と子爵家当主】
【見合い破棄直後の追放疑惑! 名門・篠宮家が語る「裏切り」】

 帝都の喫茶店や髪結い処、女学校の寄宿舎──
 どこへ行っても、この話題で持ちきりだった。

「まあ、見合いのすぐあとに、別の殿方と湯治場ですって?」
「しかも、お子さんまでいらっしゃるそうよ。未婚の母だなんて、スキャンダルもいいところだわ」
「お可哀想にね、篠宮様。まるで踏みにじられたようじゃありません?」

 誰もが口々に囁きながら、甘い菓子をつまみ、お茶をすする。
 もっともらしい同情の言葉の裏には、興味本位と好奇心が混じっていた。
 そしてその“哀れな被害者”を演じていたのは、当の篠宮自身だった。

「彼女は、私との見合いの最中から、すでに別の男と関係を持っていたのですよ……。全く、面の皮が厚いとはこのことですな」

 口調はあくまで冷静に、だが言葉には巧妙な毒を忍ばせていた。

「早乙女慶一郎──あの男も、結局は家の名を汚した。庶民上がりの女に子を産ませて、放り出すとは……。やはり家柄というものは、軽んじてはなりませんよ」

 篠宮は何度も新聞社に顔を出しては、記者たちと煙草をくゆらせながら、いかにも紳士らしい口ぶりで話す。
 しかし、記者たちは頷き合いながらも、内心では半ば呆れ顔だった。
 
「……はあ、また始まったよ、あの御仁」
「それでいて、自分のことは棚に上げてるんだよな……」

 上流社会の不祥事は読者の関心を引く格好の餌だ。
 記事になるのは当然としても、篠宮の自己正当化は聞いているこちらが恥ずかしくなるほどだった。

「まあ、今だけの騒ぎさ。次のネタが出たら、誰も覚えていやしない」
 
 誰かがぼそりとつぶやいたその一言が、室内に煙のように漂っていた。

 
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