あやまちは、あなたの腕の中で〜お見合い相手と結婚したくないので、純潔はあなたに捧げます〜
*
同じ頃、湯乃谷屋の大広間が、急ごしらえながらも記者会見の場として整えられていた。
記者たちの視線が一斉に向けられるなか、奥の上座に慶一郎が姿を現す。
その瞬間、カメラのシャッター音とフラッシュの閃光が空気を切り裂いた。
ひなは慶一郎の隣に小さく身を寄せるように立ち、彼に倣って一礼して腰を下ろす。
数十名の記者たちが言葉を呑み、じっと二人を見つめている。
場の空気は重く、ひなの掌にはうっすらと汗がにじんでいた。
鼓動が耳の奥でやけに大きく響き、身体の芯がそわそわと落ち着かない。
「私が、未婚の女性と湯治場に滞在していたことは事実です。軽率だったと言われれば、それは甘んじて受けます」
低く、よく通る慶一郎の声が広間に響いた。
慶一郎はひなに一度も視線を寄せることなく、まっすぐ記者たちの前で深く頭を下げた。
「しかし、彼女を貶めるような言葉を、私は断じて許しません。あの記事には一部、事実と異なる内容が含まれていました。その点について、説明させていただきます──」
ひなは固く膝を揃え、うつむいたままじっと慶一郎の声に耳を傾けていた。
彼の声には動揺も、怒気もなかった。だが、その一言一言に、強く鋼のような覚悟が込められているのがわかった。
記者たちが一斉に筆を走らせる中、一人の男記者が挙手をして声を上げた。
「早乙女子爵、はっきり伺います。記事にある『愛人』とは、隣におられるこの女性のことですか?」
ひなの肩が一瞬ぴくりと揺れた。
けれど、慶一郎は微動だにせず、記者の方へ顔を向けて答えた。
「彼女は、私にとって大切な存在です。『愛人』という言葉には、さまざまな含意があるでしょうが、私はそのような軽薄な関係を彼女と築いた覚えはありません」
その落ち着いた口調に、数名の記者が顔を上げる。
「あなたは数年前に、葛城家との婚約を公にしています。……つまり、婚約中にその女性と関係を持たれていたということになりますか?」
年若い記者が、やや緊張した面持ちで問いかけた。
一瞬、空気が張りつめる。
ひなは心臓が大きく脈打つのを感じながら、唇をきゅっと引き結んだ。
今の穏やかな日々に慣れて、すっかり忘れていた。
そういえば、慶一郎には婚約者がいたのだった。
「婚約の話は、母が独断で進めたものであり、私自身が公の場で同意を表明したことはありません。ただ、形式的には『婚約中』と受け取られる状況だったことは否めない。であるならば、その点について軽率とのご指摘は、真摯に受け止めます」
慶一郎は、さらに続ける。
「彼女──ひなとは数年前に出会い、今に至るまで特別な絆を築いてきました。しかし、私が彼女とその子どもを公にしてこなかったことについては、責任を痛感しております。今後については、私の口からきちんと説明させていただきます」
その言葉を受けて、ひなは思わず横目で慶一郎の顔を見た。
彼の視線は一点の曇りもなく、前だけを見据えている。
「では、今回の件が公になったことで、葛城家との関係や今後のご結婚に支障は出ないのでしょうか?」
空気がわずかにざわつく。記者たちの視線が一斉に、ひなと慶一郎に注がれる。
慶一郎は短く息を整えて応じた。
「葛城家とのご縁については、今も話し合いを継続している段階です。複雑な事情が絡んでいることもあり、私一人の判断でどうこうできるものではありません」
そう前置きしたあと、慶一郎は一拍置いて、しっかりと顔を上げた。
「今、こうしてここにいるのは、誰かに流されるのではなく、自分の意志で進む道を選びたいからです。その選択に責任を持ち、関係各所への配慮は怠りません。それと同時に、守るべきものを見誤らないよう努めてまいります」
その言葉に、場内が一瞬静まり返った。
「……では、あなたはどうお考えですか? ご自分の立場について、何かおっしゃりたいことはありますか?」
記者の一人に思いがけず名指しされ、ひなは固唾を呑んだ。
「……私は──」
同じ頃、湯乃谷屋の大広間が、急ごしらえながらも記者会見の場として整えられていた。
記者たちの視線が一斉に向けられるなか、奥の上座に慶一郎が姿を現す。
その瞬間、カメラのシャッター音とフラッシュの閃光が空気を切り裂いた。
ひなは慶一郎の隣に小さく身を寄せるように立ち、彼に倣って一礼して腰を下ろす。
数十名の記者たちが言葉を呑み、じっと二人を見つめている。
場の空気は重く、ひなの掌にはうっすらと汗がにじんでいた。
鼓動が耳の奥でやけに大きく響き、身体の芯がそわそわと落ち着かない。
「私が、未婚の女性と湯治場に滞在していたことは事実です。軽率だったと言われれば、それは甘んじて受けます」
低く、よく通る慶一郎の声が広間に響いた。
慶一郎はひなに一度も視線を寄せることなく、まっすぐ記者たちの前で深く頭を下げた。
「しかし、彼女を貶めるような言葉を、私は断じて許しません。あの記事には一部、事実と異なる内容が含まれていました。その点について、説明させていただきます──」
ひなは固く膝を揃え、うつむいたままじっと慶一郎の声に耳を傾けていた。
彼の声には動揺も、怒気もなかった。だが、その一言一言に、強く鋼のような覚悟が込められているのがわかった。
記者たちが一斉に筆を走らせる中、一人の男記者が挙手をして声を上げた。
「早乙女子爵、はっきり伺います。記事にある『愛人』とは、隣におられるこの女性のことですか?」
ひなの肩が一瞬ぴくりと揺れた。
けれど、慶一郎は微動だにせず、記者の方へ顔を向けて答えた。
「彼女は、私にとって大切な存在です。『愛人』という言葉には、さまざまな含意があるでしょうが、私はそのような軽薄な関係を彼女と築いた覚えはありません」
その落ち着いた口調に、数名の記者が顔を上げる。
「あなたは数年前に、葛城家との婚約を公にしています。……つまり、婚約中にその女性と関係を持たれていたということになりますか?」
年若い記者が、やや緊張した面持ちで問いかけた。
一瞬、空気が張りつめる。
ひなは心臓が大きく脈打つのを感じながら、唇をきゅっと引き結んだ。
今の穏やかな日々に慣れて、すっかり忘れていた。
そういえば、慶一郎には婚約者がいたのだった。
「婚約の話は、母が独断で進めたものであり、私自身が公の場で同意を表明したことはありません。ただ、形式的には『婚約中』と受け取られる状況だったことは否めない。であるならば、その点について軽率とのご指摘は、真摯に受け止めます」
慶一郎は、さらに続ける。
「彼女──ひなとは数年前に出会い、今に至るまで特別な絆を築いてきました。しかし、私が彼女とその子どもを公にしてこなかったことについては、責任を痛感しております。今後については、私の口からきちんと説明させていただきます」
その言葉を受けて、ひなは思わず横目で慶一郎の顔を見た。
彼の視線は一点の曇りもなく、前だけを見据えている。
「では、今回の件が公になったことで、葛城家との関係や今後のご結婚に支障は出ないのでしょうか?」
空気がわずかにざわつく。記者たちの視線が一斉に、ひなと慶一郎に注がれる。
慶一郎は短く息を整えて応じた。
「葛城家とのご縁については、今も話し合いを継続している段階です。複雑な事情が絡んでいることもあり、私一人の判断でどうこうできるものではありません」
そう前置きしたあと、慶一郎は一拍置いて、しっかりと顔を上げた。
「今、こうしてここにいるのは、誰かに流されるのではなく、自分の意志で進む道を選びたいからです。その選択に責任を持ち、関係各所への配慮は怠りません。それと同時に、守るべきものを見誤らないよう努めてまいります」
その言葉に、場内が一瞬静まり返った。
「……では、あなたはどうお考えですか? ご自分の立場について、何かおっしゃりたいことはありますか?」
記者の一人に思いがけず名指しされ、ひなは固唾を呑んだ。
「……私は──」