あやまちは、あなたの腕の中で〜お見合い相手と結婚したくないので、純潔はあなたに捧げます〜
 声が震えそうになる。
 それでも、言わなければ。
 反論しなければ、誰にも理解してもらえない。誰も守れない。
 膝の上で拳をぎゅっと握り、迷いを断ち切るように立ち上がった。
 
「私は、薬師です。しかし篠宮様は、結婚すれば薬を作らなくてもよいと仰いました。その他にも、行動を制限するようなお言葉を幾度も頂きました。私は、妻になる前に、一人の人間です。誰かに縛られることを望んではおりません」

 喉が詰まる。息が苦しい。
 それでも、はっきりと言い切ったひなの姿に、婦人記者たちが鋭く反応する。
 
「薬は、誰かの命をつなぐためにあります。それを奪われることは、私にとって生きる意味を失うのと同じことでした。だから、私は……自分の道を選びました」
 
 その声は澄みきって、会場の隅々まで響いた。
 刹那、重苦しい沈黙が広間を満たす。数秒が永遠のように伸び、ひなの鼓動だけが耳の奥で激しく打ちつけていた。
 どうしていいかわからず、ひなは小さく一礼して腰を下ろす。
 途端に緊張の糸が切れ、膝は震え、手のひらは汗でぐっしょりと濡れていた。
 
「……最後に一つ申し上げておきたいことがあります」

 慶一郎が再び口を開き、会場を見渡した。
 
「このような虚偽を交えた情報が広まり、多くの方を混乱させてしまったことは、誠に遺憾です。何らかの意図を持ってそれを吹聴した人物がいるのだとすれば……私は断じて、その行為を許すつもりはありません」
 
 その静かな声には、怒りよりも、毅然とした覚悟が滲んでいた。

「──皆様には、虚偽の情報に惑わされぬよう、お願い申し上げます。この度はお騒がせしてしまい、誠に申し訳ございませんでした」

 最後に、慶一郎は再び立ち上がり、深々と頭を下げた。
 ひなもまた、彼の隣で立ち上がる。
 震える膝を抑え、慶一郎と同じように腰を折った。

 それと同時に、カメラのフラッシュがいくつか光る。
 何人かの記者たちは、二人を取材対象ではなく、一人の人間として心を打たれたような表情で見入っていた。
 ひなは隣の慶一郎を横目で見やり、やっと終わったと小さく安堵の息を吐いた。
 
 
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