あやまちは、あなたの腕の中で〜お見合い相手と結婚したくないので、純潔はあなたに捧げます〜
 薬が効きはじめたのか、慶一郎の呼吸は少しずつ浅さを脱し、穏やかになっていった。
 しかし熱はまだ引かず、夜が更けるにつれ、彼は何度もうわごとのように言葉をもらすようになった。

「……に、げ……ろ……」

 ひなは額に当てていた布を水で冷やすため、たらいの方へと身をかがめていた。
 その背に、不意に落ちる声。
 一瞬、聞き間違いかと思ったが、慶一郎は苦しげに眉をひそめさらに呻いた。

「……や、め……やめ、ろ……」
「慶一郎様……っ!」

 ひなは手にしていた布を取り落とし、思わず慶一郎の手を握りしめた。

「慶一郎様……。私はここにいます……」

 その手を、まるで壊れものに触れるように、優しく包みこむ。
 震える指先を宥めるように、ひなは指を絡めながら、何度もその名を呼んだ。

 それからのひと晩、ひなはただ黙々と、病床に仕え続けた。
 額に冷たい布をあて、乾いた唇に慎重に水を含ませ、薬の分量を確かめては、そっと飲ませる。

 やがて夜明けの気配が漂いはじめる頃、張り詰めていた緊張がほんのわずかに緩んだ。
 ひなは布団の傍にうずくまり、その場に膝を抱えたまま眠りに落ちた。
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