あやまちは、あなたの腕の中で〜お見合い相手と結婚したくないので、純潔はあなたに捧げます〜
ひなは、わずかに目を見開く。
「葛城家との縁談も、そのせいで持ち上がった。資産家だからな。母が、投資を引き出そうと目論んで……俺は、それを断り続けてきた」
慶一郎の言葉に、静かに目を伏せた。
心がざわつきながらも、先日ここへ訪れた沙都子の姿を思い出す。
あのときは、ただの世間知らずのご令嬢が気まぐれに起こした出来事だと思っていたが、今ならわかる。
すべては、早乙女家と製薬会社のためだったのだ。
「今まで、なんとか躱してきたが……俺が早乙女家に戻れば、縁談はきっと進められる。だからそれまでに……どうにか方法を考えねばならない」
「……病み上がりなのに、また心をすり減らして……」
胸が痛んだ。慶一郎の優しさと責任感は、時に彼自身を追い詰める。
慶一郎の負担を軽くするには、どうすればいいのか。
ひなは考えをまとめ、顔を上げた。
「要は、早乙女製薬の業績が上がればいいのですね?」
「それは、そうだが……。簡単なことじゃない。たとえば、ひなの塗り薬が量産できるようにでもならないと……」
「私の、薬……」
そういえば、と、ひなは思い出す。
「青蓮草……早乙女家に植えたものは、どうなりましたか?」
おそらく、とうに枯れているだろう。それでも、かすかな希望を抱かずにはいられない。
すると、慶一郎は少し困ったように笑って説明してくれた。
一つは庭に植えたまま、枯れてしまった。もう一つは、ひなの塗り薬を真似て材料に使ってみたが、成分が安定しなかった。そして……最後の一つは研究所に持ち込んで栽培できるよう試みたが、これも失敗した、と。
それを聞いたひなは、落胆するように小さく息を吐く。
「……そうですか」
ひなが以前住んでいた長屋の近くへ行けば、少しは咲いているだろう。
しかし、それでは解決にならない。ひなは、そっと唇を噛む。
「でも、諦めたくありません。慶一郎様が……全てを捨てようとする前に、私がやれることをやりたいんです。私は、薬師ですから」
「ひな……」
風が吹き抜け、ふたりの髪を柔らかく揺らした。
慶一郎は、ひなに向き直り手をそっと包む。
「ありがとう。……やはり、あの夜の俺の選択は間違っていなかった」
言われてひなは、四年前、初めて慶一郎と体を重ねた夜を思い出し、頬が熱くなる。
「も、もう、慶一郎様……それは忘れてください……」
「忘れろと言われても、忘れられん」
「……もう……意地悪、です……」
どちらからともなく、ふっと笑みがこぼれた。
少し蒸した夏の匂いが部屋を包む。
二人とも黙り込み、再び思案に沈もうとしたそのときだった。
「ねえ、けーいちろー」
ひょっこりと襖の影から、小さな頭が覗く。慶翔だった。
つかつかと迷いなく歩み寄ると、遠慮なく慶一郎の膝の上に座った。
「葛城家との縁談も、そのせいで持ち上がった。資産家だからな。母が、投資を引き出そうと目論んで……俺は、それを断り続けてきた」
慶一郎の言葉に、静かに目を伏せた。
心がざわつきながらも、先日ここへ訪れた沙都子の姿を思い出す。
あのときは、ただの世間知らずのご令嬢が気まぐれに起こした出来事だと思っていたが、今ならわかる。
すべては、早乙女家と製薬会社のためだったのだ。
「今まで、なんとか躱してきたが……俺が早乙女家に戻れば、縁談はきっと進められる。だからそれまでに……どうにか方法を考えねばならない」
「……病み上がりなのに、また心をすり減らして……」
胸が痛んだ。慶一郎の優しさと責任感は、時に彼自身を追い詰める。
慶一郎の負担を軽くするには、どうすればいいのか。
ひなは考えをまとめ、顔を上げた。
「要は、早乙女製薬の業績が上がればいいのですね?」
「それは、そうだが……。簡単なことじゃない。たとえば、ひなの塗り薬が量産できるようにでもならないと……」
「私の、薬……」
そういえば、と、ひなは思い出す。
「青蓮草……早乙女家に植えたものは、どうなりましたか?」
おそらく、とうに枯れているだろう。それでも、かすかな希望を抱かずにはいられない。
すると、慶一郎は少し困ったように笑って説明してくれた。
一つは庭に植えたまま、枯れてしまった。もう一つは、ひなの塗り薬を真似て材料に使ってみたが、成分が安定しなかった。そして……最後の一つは研究所に持ち込んで栽培できるよう試みたが、これも失敗した、と。
それを聞いたひなは、落胆するように小さく息を吐く。
「……そうですか」
ひなが以前住んでいた長屋の近くへ行けば、少しは咲いているだろう。
しかし、それでは解決にならない。ひなは、そっと唇を噛む。
「でも、諦めたくありません。慶一郎様が……全てを捨てようとする前に、私がやれることをやりたいんです。私は、薬師ですから」
「ひな……」
風が吹き抜け、ふたりの髪を柔らかく揺らした。
慶一郎は、ひなに向き直り手をそっと包む。
「ありがとう。……やはり、あの夜の俺の選択は間違っていなかった」
言われてひなは、四年前、初めて慶一郎と体を重ねた夜を思い出し、頬が熱くなる。
「も、もう、慶一郎様……それは忘れてください……」
「忘れろと言われても、忘れられん」
「……もう……意地悪、です……」
どちらからともなく、ふっと笑みがこぼれた。
少し蒸した夏の匂いが部屋を包む。
二人とも黙り込み、再び思案に沈もうとしたそのときだった。
「ねえ、けーいちろー」
ひょっこりと襖の影から、小さな頭が覗く。慶翔だった。
つかつかと迷いなく歩み寄ると、遠慮なく慶一郎の膝の上に座った。