私の年下メガネくん
 いつものことだ。彼は端的に返すから会話が続かない。
「私は戻るね」
 間を持て余した楓子が立ち上がる。

「あの!」
 呼び止められ、振り返った。が、至近距離に葵がいて思わずのけぞる。結果、後ろに転んだ。

「花蔵さん!」
 葵の手が伸びる。彼のメガネが落ちていくのが、スローモーションのように見えた。
 反射的に目を閉じた直後、軽い衝撃が全身を走る。なにかが下敷きになって床への直撃は免れたようだ。

「大丈夫ですか?」
 かけられた声にそっと目をあけると、見慣れない顔が真下にあってぽかんとした。
 まっすぐな眉の下のぱっちりした目。なめらかな肌はモデルのように極上で、鼻筋はすっきりしている。薄い唇はきりっとしていて、彫刻のように美しい。

 思わず見とれると、彼の目が困惑に揺れて、はっと我に返った。
 次いで、葵を下敷きにしているのだと気がついた。押し倒したような体勢に、顔がいっきに朱に染まる。

「ごめん!」
 楓子は慌てて立ち上がる。が、ばきっという音がして、硬直した。
 嫌な予感がする。
 そーっと目線を下げると、黒いパンプスがメガネを踏みつけ、ふたつに折れていた。

「あー!!」
 思わず大声を上げ、足をどかす。
 葵はゆっくりと半身を起こし、壊れたメガネを取り上げた。
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