私の年下メガネくん
「ごごごご、ごめん! 弁償する!」
 楓子は慌てて頭を下げる。
「いいです。不可避の事故ですから」
 彼の声に動揺はなかった。一瞬でも密着したことなんて、なかったかのようだ。

「そんなわけにいかないよ!」
「……予備が机の引き出しにあるので、持って来てもらっていいですか」
「わかった!」
 楓子は駆けだした。胸は先ほど見た素顔にどきどきと鳴っている。

 彼の机の引き出しからメガネケースを取り出し、小走りに休憩スペースに戻る。
 彼はベンチに掛けて壊れたメガネを掲げ、じっと眺めていた。

「お待たせ」
 ばっと差し出す。顔が赤いのは走ったからだと言い訳したいが、言えるわけがない。
「ありがとうございます。俺、メガネがないとなにも見えないんですよ」
 受け取った彼はケースから出してメガネをかけ、壊れたほうをケースに入れる。
 予備はまったく同じ黒縁メガネだった。ぱっちりした目はレンズに隠され、モブキャラになる。

「コンタクトにしないんだね」
「なんか怖くて」
 無表情での回答に、楓子はくすっと笑う。

「男がコンタクトを嫌がるのはよくあるんです。そういう統計もあります。実際、メンテナンスはメガネのほうが楽だし、経済的です」
 言い訳のように饒舌で、またくすっと笑いが漏れた。

「なんかかわいい」
「かわいい?」
 彼のオウム返しに、楓子は慌てる。
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