組長さんと年下彼女~今日から同棲始めます~
「あ、あの……カシラ?」
そう思い至って恐る恐る電話口へ声を掛ければ、
『……ああ、すまん。連れてってやれたら喜ぶんだろうが……実はその芽生が今、インフルでダウンしちまっててな。外出は当分無理なんだわ』
きっと煙草をくゆらせているんだろう。長い吐息とともにそんな言葉が落とされた。
「え? でも昨日お会いした時は……」
『ああ。俺にも元気に見えたんだがなぁ。色々あって、精神的にも肉体的にも限界を越えちまったのかも知れねぇな』
疲れたようにこぼされた『可哀想なことをした』というカシラのつぶやきに、佐山は(確かに……)と納得する。
飼い猫の体調不良を心配している最中にクソ男から拉致されて、無理矢理婚姻届を書かされたりしたのだ。提出前に何とか食い止めることは出来たものの、そこからは怒涛のように猫の入院、カシラからの告白、本当の血縁との再会……と、それはもう目まぐるしい一日だったと聞いている。
神田芽生は線の細い小柄な女性だ。
ホッとしたと同時に体調を崩しても、仕方ないと思えた。
***
突然京介に真剣な顔で見詰められた芽生は、(何を言われるんだろう?)とドキドキした。〝悪い〟と断られた時点でいい話じゃないことは明白だから、その思いは一入だ。
「さっきな、お前が寝てる間に葛西組の方から召集が掛かっちまってな。どうしても行って来なけりゃなんなくなった」
京介は相良組の組長さんであると同時に、葛西組の若頭さんだ。芽生には京介たちの世界のことはよく分からないけれど、何となくの肌感覚で、葛西組は相良組の一次団体だと認識している。本社からの呼び出しには、京介も応じざるを得ないんだろう。
直前に、寝起き、京介がそばへいてくれなかったことが寂しくて、責めるようなことを思ってしまったと懺悔したばかりの芽生なのだ。このタイミングでそんな自分を置いて出掛けなくてはいけないだなんて……きっと滅茶苦茶言いづらかったに違いない。
「あ、あの……京ちゃん、私……」
――さっきはあんな風に言ったけど、一人でも大丈夫だよ?
そう続けようとしたら、京介が「けど……」と継ぐから……芽生はひとまず口を噤んで京介の言葉を待った。
「お前を一人にしねぇって約束はちゃんと守るから安心しろ」
「え?」
それは、どういう意味だろう?
キョトンとする芽生に、京介が言う。
「さっきな、佐山に連絡して、殿様を迎えに行ってくれるよう手配した」
「と、のさま……、予定通り退院、出来るの? 元気に、なれた……?」
昨日酷い下痢と嘔吐で弱ってしまって一晩ほど動物病院へ入院させることになった子猫のことをこのタイミングで出されて、芽生は恐る恐る京介を見上げた。
京介が朝、田畑栄蔵の家に自分を迎えに来てくれた時からずっと……殿様のことは気になっていた。けれど、京介がなにも言わないから、怖くて聞けなかったのだ。もしかしたら、まだ元気になれていなくて、京介があえて芽生にその話をするのを避けているのかも? とも思っていた。
自分の体調不良も重なって、結局殿様のことを聞くタイミングを逸してしまっていた芽生だったけれど、京介は頭のいい男だ。芽生が口にしなくても、殿様のことをちゃんと覚えていてくれたみたいでホッとする。
「ああ、さっき動物病院へ電話して確認した。下痢も嘔吐も収まって、腹減ったって騒いでるらしいぞ?」
ククッと笑う京介を見て、芽生はホッと肩の力を抜いた。
「良かった……」
嬉し過ぎると、言葉は案外出てこなくなるらしい。
もっと気の利いたことが言えたらいいのに、芽生はそうつぶやくので精一杯だった。
「それで……ブン、佐、山さんが……殿様を連れてここへ来てくれる、の?」
だから京介が出かけても、芽生は一人ぼっちにはならないと言いたいのだろうか?
そう思った芽生だったけれど、あんなに警戒していたはずの佐山文至と自分が二人きりになるの、もう平気なの? と思ってソワソワしてしまう
「ああ。殿様の迎えついで、猫の飼育用品とかも一式買いそろえて来てくれるよう頼んであるからな。そう言うのの設置もアイツがしてくれる。けど――」
そこで芽生の頭をくしゃりと撫でると、
「アイツとお前が二人っきりになるっちゅーのはまだなんとなくモヤモヤしちまってな……」
言いながらいつも通り。照れ隠しみたいにふいっと芽生から視線を逸らせると、
「お前は俺のモンだ。万が一にも間違いがあっちゃぁ困んだろ?」
京介が半ば吐き捨てるみたいに吐息交じりな言葉を落とすから、芽生にはそんな京介が愛しくてたまらない。
「京、ちゃん……」
――なんにも心配なんてする必要、ないよ?
そう言おうとした芽生だったけれど、もしそれが京介と他の女性だったら……と置き換えて考えて、凄くイヤな気持ちになった。
「引いたか?」
芽生が眉根を寄せるのを見て、勘違いしてしまったんだろう。
「俺の愛情表現は重いっ言ったろ?」
バツが悪そうにそっぽを向いたまま京介が吐息を落とすから、芽生は京介の手にそっと触れた。
「私も……一緒、だよ……?」
「……一緒?」
そう思い至って恐る恐る電話口へ声を掛ければ、
『……ああ、すまん。連れてってやれたら喜ぶんだろうが……実はその芽生が今、インフルでダウンしちまっててな。外出は当分無理なんだわ』
きっと煙草をくゆらせているんだろう。長い吐息とともにそんな言葉が落とされた。
「え? でも昨日お会いした時は……」
『ああ。俺にも元気に見えたんだがなぁ。色々あって、精神的にも肉体的にも限界を越えちまったのかも知れねぇな』
疲れたようにこぼされた『可哀想なことをした』というカシラのつぶやきに、佐山は(確かに……)と納得する。
飼い猫の体調不良を心配している最中にクソ男から拉致されて、無理矢理婚姻届を書かされたりしたのだ。提出前に何とか食い止めることは出来たものの、そこからは怒涛のように猫の入院、カシラからの告白、本当の血縁との再会……と、それはもう目まぐるしい一日だったと聞いている。
神田芽生は線の細い小柄な女性だ。
ホッとしたと同時に体調を崩しても、仕方ないと思えた。
***
突然京介に真剣な顔で見詰められた芽生は、(何を言われるんだろう?)とドキドキした。〝悪い〟と断られた時点でいい話じゃないことは明白だから、その思いは一入だ。
「さっきな、お前が寝てる間に葛西組の方から召集が掛かっちまってな。どうしても行って来なけりゃなんなくなった」
京介は相良組の組長さんであると同時に、葛西組の若頭さんだ。芽生には京介たちの世界のことはよく分からないけれど、何となくの肌感覚で、葛西組は相良組の一次団体だと認識している。本社からの呼び出しには、京介も応じざるを得ないんだろう。
直前に、寝起き、京介がそばへいてくれなかったことが寂しくて、責めるようなことを思ってしまったと懺悔したばかりの芽生なのだ。このタイミングでそんな自分を置いて出掛けなくてはいけないだなんて……きっと滅茶苦茶言いづらかったに違いない。
「あ、あの……京ちゃん、私……」
――さっきはあんな風に言ったけど、一人でも大丈夫だよ?
そう続けようとしたら、京介が「けど……」と継ぐから……芽生はひとまず口を噤んで京介の言葉を待った。
「お前を一人にしねぇって約束はちゃんと守るから安心しろ」
「え?」
それは、どういう意味だろう?
キョトンとする芽生に、京介が言う。
「さっきな、佐山に連絡して、殿様を迎えに行ってくれるよう手配した」
「と、のさま……、予定通り退院、出来るの? 元気に、なれた……?」
昨日酷い下痢と嘔吐で弱ってしまって一晩ほど動物病院へ入院させることになった子猫のことをこのタイミングで出されて、芽生は恐る恐る京介を見上げた。
京介が朝、田畑栄蔵の家に自分を迎えに来てくれた時からずっと……殿様のことは気になっていた。けれど、京介がなにも言わないから、怖くて聞けなかったのだ。もしかしたら、まだ元気になれていなくて、京介があえて芽生にその話をするのを避けているのかも? とも思っていた。
自分の体調不良も重なって、結局殿様のことを聞くタイミングを逸してしまっていた芽生だったけれど、京介は頭のいい男だ。芽生が口にしなくても、殿様のことをちゃんと覚えていてくれたみたいでホッとする。
「ああ、さっき動物病院へ電話して確認した。下痢も嘔吐も収まって、腹減ったって騒いでるらしいぞ?」
ククッと笑う京介を見て、芽生はホッと肩の力を抜いた。
「良かった……」
嬉し過ぎると、言葉は案外出てこなくなるらしい。
もっと気の利いたことが言えたらいいのに、芽生はそうつぶやくので精一杯だった。
「それで……ブン、佐、山さんが……殿様を連れてここへ来てくれる、の?」
だから京介が出かけても、芽生は一人ぼっちにはならないと言いたいのだろうか?
そう思った芽生だったけれど、あんなに警戒していたはずの佐山文至と自分が二人きりになるの、もう平気なの? と思ってソワソワしてしまう
「ああ。殿様の迎えついで、猫の飼育用品とかも一式買いそろえて来てくれるよう頼んであるからな。そう言うのの設置もアイツがしてくれる。けど――」
そこで芽生の頭をくしゃりと撫でると、
「アイツとお前が二人っきりになるっちゅーのはまだなんとなくモヤモヤしちまってな……」
言いながらいつも通り。照れ隠しみたいにふいっと芽生から視線を逸らせると、
「お前は俺のモンだ。万が一にも間違いがあっちゃぁ困んだろ?」
京介が半ば吐き捨てるみたいに吐息交じりな言葉を落とすから、芽生にはそんな京介が愛しくてたまらない。
「京、ちゃん……」
――なんにも心配なんてする必要、ないよ?
そう言おうとした芽生だったけれど、もしそれが京介と他の女性だったら……と置き換えて考えて、凄くイヤな気持ちになった。
「引いたか?」
芽生が眉根を寄せるのを見て、勘違いしてしまったんだろう。
「俺の愛情表現は重いっ言ったろ?」
バツが悪そうにそっぽを向いたまま京介が吐息を落とすから、芽生は京介の手にそっと触れた。
「私も……一緒、だよ……?」
「……一緒?」