組長さんと年下彼女~今日から同棲始めます~
「僕、頑張ります!」
将継からの口付けに一瞬ブワリと頬を染めて照れ臭そうにした静月が、次の瞬間にはグッと両の拳を握りしめてみせる。
(長谷川社長、静月さんの扱い、慣れてるなぁ)
なんて、感心してしまった芽生だったけれど、自分は全然京介を御せなくて申し訳ない気持ちになった。
「おい、長谷川。俺はまだいいって返事してねぇぞ!?」
京介が言い募るのを見て、芽生は(どうしよう?)と考えてから、意を決したように「京ちゃん!」と愛しい男の名を呼んだ。
「なんだよ」
不機嫌そうに見つめられて、一瞬たじろぎそうになってからグッと奥歯を噛みしめると、芽生は京介の傍へツカツカと歩み寄った。
そうして怪訝そうに自分を見上げてくる京介の髪の毛をサッと払いのけると、その額へ長谷川社長を見習ってチュッとキスを落とす。
「す、すぐ帰ってくるからっ」
やたら恥ずかしくなって逃げるように京介の傍を離れた芽生だったけれど、それは京介も同様だったらしい。
まさか《《芽生の方から》》不意打ちのキスをされるだなんて思ってもいなかったんだろう。
何も言えず固まってしまった京介に、何故か長谷川社長と静月の時には一切気付かなかったみんなが、「ひゃー、熱いっすねぇ!」とか「俺も彼女欲しくなりましたっ!」とか冷やかしの声を上げた。
オロオロしながら視線を彷徨わせた先で百合香にグッ!とサムズアップされた芽生は、その隣で眉間にしわを寄せて睨み付けている千崎を見て、心の中で『ヒッ』と小さく悲鳴を上げる。
そんな――芽生と京介にとっては――惨憺たる有様を横目に、「いいもの見せてもらったよ」と楽し気に笑う長谷川社長とともに、芽生はぎこちない足取りでリビングをあとにした。
京介の腕の中、殿様が飼い主を見上げて「にゃー?」と小首を傾げたけれど、冷やかしモードの渦中へ残された京介は、きっとそれどころではないだろう。
芽生はそんな京介に、消え入りそうな声で「京ちゃん、ごめなさい」と謝罪した……。
***
ほとんど無意識。長谷川社長の車の後部シートへ乗り込んだ芽生は、途端長谷川社長から「助手席には乗らない主義かな?」と微笑されてハッとする。
「あ……」
別にそういうわけではなかったのだけれど、このところ相良組関連の送迎が多かったから、ついそういう癖が付いてしまっていた。
「相良の教育の賜物って感じがするね」
クスクス笑われて何となく恥ずかしくなってブワリと耳が熱くなるのを感じた芽生である。
「けど、実際運転席の後ろの席が一番安全だからね」
ほぅっと吐息交じりに落とされた芽生は、ルームミラー越しにこちらを見遣る長谷川社長と目が合った。
「ほら、運転手って事故とかあった時、無意識に自分を庇おうとハンドル切るからね。正直な話、助手席が一番危険なんだ」
言いながら、「今度から静月にも後ろに乗るように言おうかな」とつぶやいた長谷川社長の眼差しは存外本気に見える。
エンジンを掛けて発信する車の後部シートで、シートベルトを掛けた芽生は、「でも……」と恐る恐る口を開いた。
「もし京ちゃんが運転手さんだったら私、助手席で彼の運転する姿を眺めていたいです」
それは率直な気持ちだったのだけれど、長谷川社長が息を呑んだのが分かった。
「そんなものかな?」
「はい」
ミラー越し、ちらりと視線を向けてくる長谷川社長に力強く頷いたら「そっか……」と、彼が優しい笑みを浮かべるのが見えた。
「――ところで」
そこで空気を一新するみたいに長谷川社長が話を変える。
「神田さんは私に何か聞きたいことがあったんじゃないのかな?」
ルームミラー越しに至極真剣な眼差しを向けられた芽生は、ギュッと両手に力を込めて切り出した。
「あの、京ちゃんのことなんですけど――」
***
街中でたまたま京介の愛人と思しき女性――玲奈――に出会った時、彼女が京介を〝《《京介》》さん〟と呼んだ途端、京介が明らかな嫌悪感を示した。
幼い頃から何となく京介がその名を呼ばれることを嫌っているのは感じていた芽生だったけれど、あんな風にはっきりと拒絶するところを見たのは初めてだった。
「京ちゃんは〝京介〟って名前を呼ばれることを忌み嫌っているように思えます。長谷川社長は……その理由をご存知ですか?」
芽生は〝相良京介〟という名前が大好きだ。
響きが京介にぴったりだと思う。
だけど、当の本人は〝相良〟と呼ばれることには無頓着なくせに〝京介〟と称されることには過剰反応をしているように見えるのだ。
「あぁ、そのことか……」
芽生が疑問を口にした途端、長谷川社長がほぅっと吐息を落とす。
「神田さんは……相良の幼い頃の事情をどこまで知ってるのかな?」
そこで長谷川社長から静かに問い掛けられた芽生は、一瞬返答に詰まって……慎重に言葉を選んだ。
「あの……育児放棄されていたというのは……京ちゃん本人から聞いたことがあります」
「その相手が誰だったかは、聞いてる?」
問われて、芽生は「お母様からだったと……」と答える。
長谷川社長は芽生の言葉に無言で頷くと、ややして口を開いた。
「私と相良が仲良くなったのもね、それが理由なんだよ」
将継からの口付けに一瞬ブワリと頬を染めて照れ臭そうにした静月が、次の瞬間にはグッと両の拳を握りしめてみせる。
(長谷川社長、静月さんの扱い、慣れてるなぁ)
なんて、感心してしまった芽生だったけれど、自分は全然京介を御せなくて申し訳ない気持ちになった。
「おい、長谷川。俺はまだいいって返事してねぇぞ!?」
京介が言い募るのを見て、芽生は(どうしよう?)と考えてから、意を決したように「京ちゃん!」と愛しい男の名を呼んだ。
「なんだよ」
不機嫌そうに見つめられて、一瞬たじろぎそうになってからグッと奥歯を噛みしめると、芽生は京介の傍へツカツカと歩み寄った。
そうして怪訝そうに自分を見上げてくる京介の髪の毛をサッと払いのけると、その額へ長谷川社長を見習ってチュッとキスを落とす。
「す、すぐ帰ってくるからっ」
やたら恥ずかしくなって逃げるように京介の傍を離れた芽生だったけれど、それは京介も同様だったらしい。
まさか《《芽生の方から》》不意打ちのキスをされるだなんて思ってもいなかったんだろう。
何も言えず固まってしまった京介に、何故か長谷川社長と静月の時には一切気付かなかったみんなが、「ひゃー、熱いっすねぇ!」とか「俺も彼女欲しくなりましたっ!」とか冷やかしの声を上げた。
オロオロしながら視線を彷徨わせた先で百合香にグッ!とサムズアップされた芽生は、その隣で眉間にしわを寄せて睨み付けている千崎を見て、心の中で『ヒッ』と小さく悲鳴を上げる。
そんな――芽生と京介にとっては――惨憺たる有様を横目に、「いいもの見せてもらったよ」と楽し気に笑う長谷川社長とともに、芽生はぎこちない足取りでリビングをあとにした。
京介の腕の中、殿様が飼い主を見上げて「にゃー?」と小首を傾げたけれど、冷やかしモードの渦中へ残された京介は、きっとそれどころではないだろう。
芽生はそんな京介に、消え入りそうな声で「京ちゃん、ごめなさい」と謝罪した……。
***
ほとんど無意識。長谷川社長の車の後部シートへ乗り込んだ芽生は、途端長谷川社長から「助手席には乗らない主義かな?」と微笑されてハッとする。
「あ……」
別にそういうわけではなかったのだけれど、このところ相良組関連の送迎が多かったから、ついそういう癖が付いてしまっていた。
「相良の教育の賜物って感じがするね」
クスクス笑われて何となく恥ずかしくなってブワリと耳が熱くなるのを感じた芽生である。
「けど、実際運転席の後ろの席が一番安全だからね」
ほぅっと吐息交じりに落とされた芽生は、ルームミラー越しにこちらを見遣る長谷川社長と目が合った。
「ほら、運転手って事故とかあった時、無意識に自分を庇おうとハンドル切るからね。正直な話、助手席が一番危険なんだ」
言いながら、「今度から静月にも後ろに乗るように言おうかな」とつぶやいた長谷川社長の眼差しは存外本気に見える。
エンジンを掛けて発信する車の後部シートで、シートベルトを掛けた芽生は、「でも……」と恐る恐る口を開いた。
「もし京ちゃんが運転手さんだったら私、助手席で彼の運転する姿を眺めていたいです」
それは率直な気持ちだったのだけれど、長谷川社長が息を呑んだのが分かった。
「そんなものかな?」
「はい」
ミラー越し、ちらりと視線を向けてくる長谷川社長に力強く頷いたら「そっか……」と、彼が優しい笑みを浮かべるのが見えた。
「――ところで」
そこで空気を一新するみたいに長谷川社長が話を変える。
「神田さんは私に何か聞きたいことがあったんじゃないのかな?」
ルームミラー越しに至極真剣な眼差しを向けられた芽生は、ギュッと両手に力を込めて切り出した。
「あの、京ちゃんのことなんですけど――」
***
街中でたまたま京介の愛人と思しき女性――玲奈――に出会った時、彼女が京介を〝《《京介》》さん〟と呼んだ途端、京介が明らかな嫌悪感を示した。
幼い頃から何となく京介がその名を呼ばれることを嫌っているのは感じていた芽生だったけれど、あんな風にはっきりと拒絶するところを見たのは初めてだった。
「京ちゃんは〝京介〟って名前を呼ばれることを忌み嫌っているように思えます。長谷川社長は……その理由をご存知ですか?」
芽生は〝相良京介〟という名前が大好きだ。
響きが京介にぴったりだと思う。
だけど、当の本人は〝相良〟と呼ばれることには無頓着なくせに〝京介〟と称されることには過剰反応をしているように見えるのだ。
「あぁ、そのことか……」
芽生が疑問を口にした途端、長谷川社長がほぅっと吐息を落とす。
「神田さんは……相良の幼い頃の事情をどこまで知ってるのかな?」
そこで長谷川社長から静かに問い掛けられた芽生は、一瞬返答に詰まって……慎重に言葉を選んだ。
「あの……育児放棄されていたというのは……京ちゃん本人から聞いたことがあります」
「その相手が誰だったかは、聞いてる?」
問われて、芽生は「お母様からだったと……」と答える。
長谷川社長は芽生の言葉に無言で頷くと、ややして口を開いた。
「私と相良が仲良くなったのもね、それが理由なんだよ」