組長さんと年下彼女~今日から同棲始めます~
37.名前に込められた呪い
 相良(さがら)京介(きょうすけ)は、五年生の一学期の途中という中途半端な時期に転校してきた。だから、それ以前のことを将継(まさつぐ)は知らない。
 珍しい時期に突然やってきた転校生へ、最初のうちこそ興味津々で沢山のクラスメイトたちが話しかけていたが、相良はクラスに馴染む気なんて、欠片も持ち合わせていないようだった。
 どんなに話しかけられても素っ気ない態度を貫く相良に、いつしか彼に話しかける人間はいなくなっていた。

 将継が、さして話したこともないそんな同級生のことを気にかけてしまったのは、本当にたまたまだ。
 それまで将継にとって相良京介という同級生は、いつも給食の残りを持ち帰る愛想のないヤツ、くらいの認識しかなかった。
 目ばかりギョロギョロと鋭くて、身体も手足も細くて痩せっぽちな印象。あまり外観には頓着しないのか、髪の毛はボサボサで伸び放題だったし、着ているものもいつも一緒で、薄汚れていた。
 初動でクラスメイトを拒絶したのがきいたのか、教室では基本誰ともつるまず孤立している印象の、得体の知れない暗い男子。それが将継の中での相良京介だった。

 対して、将継は結構活発に動くタイプの社交的な性格で、一年生の頃から年に一度は学級委員を任される種類の人間だった。いわゆる陰キャ路線の相良とは真逆の立ち位置にいたということだ。
 先生から請われて、学級委員として彼に話し掛けることはあっても、個人的に絡むことはない。
 相良自身がそれを望んでいないのだから仕方ないと、優等生気質の将継は自分に言い聞かせていた。

 だが――。
 四十名足らずの集団の一人として、同じ教室内にいるのだ。全く気にしないでいるのはある意味不可能で……。話しかけても「ああ」とか「うん」しか返ってこないのが分かっていて、将継は妙に相良のことが気になって仕方がなかった。
 相良の望むままに放置しておいたら、いつか死んでしまうのではないかと思えて……子供心に怖かったからかも知れない。
 将継の中での相良京介は何となくの肌感覚。常に腹を空かせて……給食を命綱みたいにしている印象だった。
 痩せた手足を見ても、それはあながち間違っていなかったと思うし、クラス担任が相良を見る目には困惑と同情が入り混じっているように思えたから、何かの形で食べ物をちらつかせたら案外仲良くなれるんじゃないか? と思っていたのは否めない。

 そんな相良と、将継は帰る方向が一緒だった。
 いつも将継の前や後ろを一人トボトボと歩いている彼を見かけていた将継は、相良のことを気にしつつも、相手が話しかけて欲しくないというオーラを漂わせていたから、声を掛けることが出来ず、無為に月日だけが過ぎて行った。


***


 その日は将継(まさつぐ)たちが住む町にしては珍しくドカッと雪が降り積もって、長靴を履いていないと靴がびしょ濡れになる有様だった。クラスメイトで、運動靴を履いて来た子達が、「靴下までびしょ濡れになった!」と話しているのを横目に、優等生の将継は用意周到に長靴を履いて来て事なきを得たのだ。
 服ですら毎日ほぼ変化のない相良(さがら)京介(きょうすけ)だ。長靴なんてものは持ち合わせていないんだろう。
 相良は他の児童らのようにずぶ濡れになった靴下を脱ぎもせず、薄汚れてサイズの合っていない上履きを足に引っかけて、教室の片隅でじっと座っていた。将継は、何故かそんな相良のことが妙に気になって仕方がない。

「相良、なんで靴下脱がねーんだろ?」
 クスクス笑うクラスメイトらの声が届いていないわけでもないだろうに、相良はとにかくぼんやりと窓の外を眺めているだけなのだ。外に、何か気になるものでもあるんだろうか?

「相良くん。靴下、脱いだ方がいいんじゃない? そのままでいたら風邪ひいちゃうよ?」
 なんとなくその空気に耐えかねて、相良が見つめる窓外に視線を向けつつ将継が話しかけたら、胡乱気(うろんげ)な表情を向けられた。
「……いい」
 ややしてポツンと落とされた拒絶の言葉に、将継は妙にショックを受けた。
 何より、相良が告げた〝いい〟は〝気に掛けてくれなくていい〟にも聞こえたし、〝体調を崩してもいい〟にも聞こえたから。その投げやりな感じが、将継を無性に苛つかせたのだ。
(何だよ、あいつ! 人がせっかく……)
 そこまで思って、(人がせっかくってなんだよ?)とハッとした。それではまるで、自分の思い通りの反応が得られなかったことを腹立たしく思っているだけみたいじゃないか。
 そんな自分の幼稚な思考回路に嫌気がさしていたところへ、「長谷川くん、学級委員だからってあんなやつのこと気にしなくていいんだよ?」とお節介な女子たちが慰めてくれて……それすら妙に鬱陶しく感じてしまった将継である。
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