組長さんと年下彼女~今日から同棲始めます~
「うちの母親さ、たまに思い付いたようにパンとかくれるんだけど……滅多に家に帰って来ないからさ、いつ飯にありつけるかとかさっぱり分かんなくて……」
 金かパンが置かれていればラッキー。そんな年月を何年も何年も過ごしてきたらしい相良は、将継より大分小柄だった。

「今の家はさ、〝男の家〟だから、夜しか中に入れてもらえないんだよね。長谷川も俺が外にいんの、見たことあるだろ?」
 自嘲気味に微笑まれて、小さく(うなず)いた将継に、相良が続ける。
「中って言っても押し入れの隅っこに押し込められるんだ。一回入ったら朝まで出るの、許してもらえねぇの。家ん中入ったらトイレにも行かせてもらえねぇから、家で過ごすより公園なんかにいたほうが快適なくらいなんだよね」
 そう言って相良が笑った。
 それを聞いて、「けど……」と将継が言おうとしたら、相良が(さえぎ)るように言葉を紡いだ。
「ま、さすがに真冬に外は死ぬからさ。中、入れてもらってたよ」
 押し入れには暖房器具が用意されているわけじゃない。
 別室で男とイチャつく母親の声を聞かされながら、ひたすらに朝が来るのを待つ。
 小さい頃からそんな日々を過ごしてきたのだとなんでもないことのように打ち明けられた将継は、「なぁ、相良。うちに住めば?」と思わずつぶやいていた。
「バーカ。飯食わしてもらって風呂やお前の服まで借りさせてもらって……これ以上望んだら罰が当たるだろ」
 だけど相良は、現状は今までに比べたら比べ物にならないくらい幸せなのだと将継の手をギュッと握った。
「俺さ、お前やお前の両親から受けた恩、絶対(ぜってぇ)忘れねぇから!」
 何の力も持たない自分が今できることはほとんどないけれど、それでも長谷川が困っていることがあったら必ず手を貸す、と指切りしてきた相良の表情は、とても真剣だったのを将継は覚えている。


***


 それから程なくして事件が起きた。
 それは将継(まさつぐ)相良(さがら)が中学へ上がってすぐのことだ。
 相良(さがら)京介(きょうすけ)が、学校へ来なくなった。
 将継は相良が住んでいた家にも行ってみたし、担任も問い詰めたけれど何も手掛かりがつかめなくて――。
 両親もとても心配して色々手を尽くしてくれたけれど、きっと個人情報保護の観点からだろう。
 何も知ることが出来なかった。

 そうして一年生の一学期が終わろうかという頃、相良がなんでもないみたいに教室へ戻ってきた。
 すぐさま駆け寄った将継に、相良が「ずっと連絡できなくて悪かった」と頭を下げてから、ポツポツと我が身に起こったことを話してくれた。


「実はさ、小学校卒業間近のころ、あの女が男と別れたんだ」
 ポツンとつぶやかれた言葉に、将継が「え?」と落としたら、「行くトコなくて公園で寝泊まりしてたら保護されちまった」と、相良が自嘲気味に微笑んだ。
 さすがに別れた女の息子を置いてくれるほど母親の元彼は出来た男ではなかったらしい。
 将継の家をあとにして、夕方。帰宅してみたら少ない荷物――教科書と鞄と数着の服くらい――が外に出されていて、相良はそこで初めて母親とその男の関係が終わったのだと知った。
「母親がどこへ行ったのか、分かんなくてな」
 どこか他人事のように肩をすくめる相良を見て、将継は言葉を失った。どうしてその時点でうちを頼ってくれなかったんだ、と問い詰めそうになって……以前『うちに住めばいい』と誘った時、相良が『これ以上望んだら罰が当たる』と言っていたのを思い出して、喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。
 代わりに「保護……?」とつぶやいたら相良が(うなず)く。
「ああ。まぁ、補導されたっていうほうがしっくりくるかも知んねぇ。……まぁ、とにかく担任が警察まで迎えに来てくれてさ、色々あって……児相に保護された」
 ここ数ヶ月間、相良はずっと学校を休んでいた。担任に聞いても言葉を濁すばかりで教えてもらえなくて、将継は物凄く心配したのだ。

 だが、ある日突然学校へ戻ってきた相良に駆け寄ってみれば、彼は児童相談所が運営する一時保護所にいたらしい。
「そこにいる間は学校行けないって言われたんだ」
 勉強は施設内の人間が教えてくれたから何とかなったけれど、外部との接触も制限されていた相良は、ずっと長谷川のことを気にしつつも連絡を取る手段が与えられなかったのだと眉根を寄せた。相良は相良でかなりヤキモキさせられたらしい。
「先日やっと引受先が決まってな。そこへ移った関係で、学校へも来られるようになった」
 母親は息子のことはどうでもいい、好きにしてくれとでも言ったんだろう。大人たちからはっきりと告げられたわけではなかったけれど、児相の対応からそんな気配を汲み取ったのだと相良が肩をすくめた。

 結局、何だかんだで児童養護施設『陽だまり』に入ることが決まって、数ヶ月ぶりに学校へも来られるようになったらしい。

 数ヶ月間、何も分からないままに過ごして……何があったのかを話してくれたらこれだ。
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