組長さんと年下彼女~今日から同棲始めます~
38.選んだつもりはなかった……けれど
 長谷川(はせがわ)と買い出しに出て行った芽生(めい)がなかなか帰ってこない。
 そのことにやけにヤキモキさせられた京介は、無意識に席を立っては窓辺に寄って窓外を眺めては席へ戻る。そんなことを続けていた。
 いつもなら煙草を咥えるところだが、恐らくは芽生が戻って来た時のことを想定してか、何度も胸元を探っては指先を彷徨わせる仕草を繰り返している。

 そんな京介(カシラ)の様子をずっと、千崎が苦々しい思いで見つめているのだが、京介は気付けていない。

 他の面々は程よくアルコールが回ってあちらこちらで居眠りしたり、グループになってボードゲームやカードゲームで盛り上がっている。長谷川(はせがわ)将継(まさつぐ)に置いてけぼりを食らった朧木(おぼろぎ)静月(しづき)も、佐山(さやま)に誘われてトランプ(ババ抜き)へ参加していた。

(ゆう)ちゃん、そんな怖い顔しないの」
 自分を(たしな)める声音にふと隣を見遣ると、猫を抱いた百合香(ゆりか)が千崎の眉間に人差し指を這わせてくる。
「ほら、ここ。縦皺(たてじわ)が刻まれちゃってる」
 苦笑する百合香をじっと見つめて、千崎がポツリと落とした。
「あの人は……《《俺》》と違って優しすぎるんだ」
 こういう世界に身を置くには、京介は慈悲深過ぎる――。
 百合香の前でだけ告げる〝俺〟という呼称を無意識に織り交ぜつつ「それが心配なんだ」と千崎がつぶやいて、百合香に指摘されたばかりの眉間の皺を深くした。
「そうね。私もそう思う。――ねぇ雄ちゃん。こんなこと聞いていいのか分からなくてずっと黙ってたけど……お願い、教えて?」
 百合香が極道(じぶんたち)のことへ口出ししてくることはほとんどない。そんな百合香がわざわざそう前置きをしてきたのだ。千崎は「なにを聞きたい?」と尋ねずにはいられなかった。
 千崎の返答に百合香は一度だけ深呼吸をすると、じっと千崎の顔を見つめて、ややして口を開いた。

「今、葛西組(かさいぐみ)では次期組長候補を決めている真っ最中だよね? 相良(さがら)さんが候補の一人だって……私、風の噂で聞いた。きっと時期的に見て、芽生ちゃんが寝込んでた時の葛西組への呼び出しって……相良さんも葛西組の組長さんから《《雄ちゃんと同じこと》》を言われたって解釈で合ってる?」
 百合香の言葉に、千崎はスッと瞳を(すが)めずにはいられなかった。
 千崎が葛西組の組長(おやじ)葛西(かさい)了道(りょうどう)から、組の息が掛かった女・葛城(かつらぎ)雪絵(ゆきえ)との婚姻を勧められたのはもう十年以上も前の話だ。
 あのころ了道はまだバリバリの現役で、今よりも矍鑠(かくしゃく)としていた。
 千崎は当時、学生の頃から付き合いのあった恋人・百合香を(めと)るつもりでいたのだが、了道がそれを許してはくれなかった。『極道の妻に堅気(かたぎ)の女は釣り合わない』と反対されたのだ。
 結局千崎は権力に屈して了道の言うまま。雪絵と結婚し、娘の百香(ももか)をもうけたのだが、百合香への恋情も捨て切れなかった。
 そんな自分の迷いを汲み取ってくれたんだろう。『私は影の女でいい。雄ちゃんと結婚する気はないし、そばにいられるだけで充分幸せ』と言ってくれた百合香の優しさに甘えて、彼女を情婦(いろ)として(かたわ)らへ置き続けている。
 正直な話、それだって了道が提案したままの形だ。


「ああ、その通りだ、百合香。京介(カシラ)も俺同様神田(かんだ)さんとは別れるよう言われた」
 まるであのときの再現ででもあるかのように、了道(おやじ)推薦の女性が用意されていたのも全く同じ――。
 百合香と別れるように言われた時の自分の気持ちを思い出して苦々し気に吐き捨てれば、彼女だって思うことはあるだろうに、「で? 相良(さがら)さんはなんて答えたの?」と身を乗り出してくる。
 そんなの、カシラの神田(かんだ)芽生(めい)に対する態度を見ていれば一目瞭然ではないか。だが、百合香はあえて問うているように思えた千崎である。
 百合香はきっと、千崎の口から言わせたいのだ。京介(かれ)がどう答えたのかを。
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