組長さんと年下彼女~今日から同棲始めます~
「突っぱねたよ。……自分には心に決めた相手がいるからって」
 それは、千崎には出来なかったことだ。
 無論、千崎は過去の自分の選択は間違っていなかったと思っている。
 だが、後悔がないかといわれたら、すぐには(うなず)くことが出来ない。だからだろう。真っすぐに了道(おやじ)の顔を見据えて京介(かしら)が告げた拒絶の言葉が、まぶしくて堪らなかったのだ。
 だがそれと同時、この人は決定的に極道には向いてないとも思った。
 言うなれば、自分とカシラの間にあるのはたったそれだけの差だ。
 上からの指示に、自分の感情を押し殺して唯々諾々(いいだくだく)と従えるか否か。
 組織の人間として多くの組員を束ねるのに必要な要素は、きっと「応」と答えた自分の方が持っているだろう。

 己の横で「そう……」と嬉しそうに微笑む百合香を見て、千崎は痛感させられたのだ。
 自分には女を幸せにしてやれる素質はない、と。
 だが、自分の大切なものを不幸にしても、真に取るべきものの選択を見誤らずにいられる能力はある。
 実はその判断力こそが、極道としてやっていくには最も大切になってくるんじゃないだろうか。

 京介の対立候補として葛西組の次期組長候補に上がっている男には、それがあると分かるからこそ、千崎は心がざわついて仕方がない。


***



 相良(さがら)京介(きょうすけ)がまとめている相良組(さがらぐみ)の親組織・葛西組(かさいぐみ)は今、跡目争いの真っ最中だ。現在八七歳の組長・葛西(かさい)了道(りょうどう)の体調が芳しくないからだ。今すぐどうこうということはないだろうが、確実に弱っているのを感じた了道が、組長を退く……と言い出した。
 結果、了道のあとを継ぐ人間として、現在葛西組で表向きナンバー2の若頭・相良京介を推す一派と、京介より二〇歳以上年上の三枝(さえぐさ)克巳(かつみ)を推す一派とに分かれてゴタゴタしている。

 年若い京介を推す人間たちの言い分は、京介が了道(おやじ)から直接盃を分けられた唯一の幹部だから、というもの。
 三枝は了道(おやじ)から盃を受けてはいないものの、下積み時代から今まで、コツコツと葛西組を支えてきた陰の立役者だ。了道への忠誠心も高い。実質、組のことを一番よく分かっているのは若造の京介ではなく、三枝克巳の方だというのが三枝派の言い分だった。
 三枝は役職こそ了道から盃分けされた若頭の京介を補佐する立場――若頭補佐筆頭――で、表向きにはナンバー3の位置づけだ。だが、普段相良組(さがらぐみ)に出ていて不在の外様(とざま)状態な京介とは対照的に常に葛西組に常駐している直参幹部の長老格でもある。了道(おやじ)から葛西組の采配(さいはい)を実際に任されていたのは三枝だといっても過言ではない。

 京介としては立場的なものや、自分を推してくれる皆の手前、嫌と言えないが……正直なところ三枝が組長でいいと思っていたりする。
 三枝は少々狡猾(こうかつ)なところのある男だが、葛西組のためを思って動ける人間だ。大きな組織を動かすには三枝の老獪(ろうかい)さも必要だと思っている。

(それに……俺なんかよりよっぽど了道(おやじ)に対する忠誠心が強いしな)

 そこでふと、京介は先日内々に了道から呼ばれたのを思い出した。

 急な呼び出しな上、タイミング的に大体察しはついていたけれど、芽生(めい)とのことをどこかから聞きつけた了道(おやじ)が、物言いをつけてきたのだ。
 もう十年以上も前になるが、千崎の色恋にも口出ししてきた前科のある了道である。
 その時の理由は、相良の腹心である千崎には、しっかりと地盤固めをしておいてもらわないと困るというものだったと千崎から聞いている。下っ端の人間ならともかく、上層部の人間はそれ相応の女を傍に置く必要があるらしい。要するに『堅気(かたぎ)の女はダメだ』と言われたらしかった。
 政略結婚を決めたあとで、事後報告のように千崎からその話を聞かされた京介は、真っ先に百合香のことを尋ねずにはいられなかった。
 そんな京介に、千崎は『百合香には最初から結婚の意志はなかったようです』と告げた上で、彼女が情婦(いろ)として自分に囲われることを望んでいると話してくれた。けれど、百合香の様子を見れば、そんなのは彼女の優しさに過ぎないと……京介ですらすぐに分かったのだ。千崎がそれに気付いていないはずはなかっただろう。
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