組長さんと年下彼女~今日から同棲始めます~
「あ……あ、のね、京ちゃっ……私っ……」
思いっきり泣いたせいで、そのつもりはないのにヒクヒクとしゃくり上げてしまう。それをもどかしく感じながら、どう説明しようか考えていたら逆にそれが功を奏したのか、「怖い夢でも見たのか?」と優しく涙を拭われて、芽生は渡りに船とばかりにコクコクとうなずいていた。頬に触れる京介の大きな手から香ってくる煙草のにおいにさえドキドキしてしまうのは、恋心のせいだろうか? それとも京介に嘘をついてしまっている罪悪感からだろうか。
(京ちゃん、嘘つきでごめんなさい)
そう心の中で謝りながら、芽生は京介の服をギュッと握った。
「ひ、とりで寝るのっ、怖、いの。……こ、んやは……ここで寝ちゃ、ダメ?」
怖い夢を見て、つい京介に縋りついてしまった。
そんな体を演じながら京介をじっと見上げていたら、自分でも驚くようなセリフが口をついていた。
きっと京介を一人にしたら、またさっきの〝怖い京ちゃん〟に戻ってしまいそうで怖かったから――。芽生は何とも不埒なおねだりに、懸命にもっともらしい理由を付けた。
***
腕の中でフルフルと震えながら、幼い頃から見知った娘が、大きな目で自分を見上げてくる。
その姿に庇護欲をくすぐられた京介がほぼ無意識、芽生の頬を伝う涙を拭ってやったと同時、「今夜はここで寝ちゃ、ダメ?」とか……。まるで添い寝を求めているとも取れるとんでもない言葉が彼女の口から飛び出してきて、京介は思わず瞳を見開いた。
もちろん、異性から一緒に寝て欲しいと請われたことなんて初めてじゃない。実際その望みを叶えてやったことだって何度もあったし、その見返りにそんな女たちの身体を有難く頂いてきた京介だったが、芽生からそんなことを言われるとは思ってもいなかった。正直物凄い不意打ちを喰らった気分だ。
だが、芽生の泣き濡れた瞳を見下ろして、京介はすぐに自分の考えの愚かさに舌打ちする。
(子ヤギに限って、ンな色艶めいた下心なんてあるわけねぇだろ)
そこまで考えが至るのに、つい熟考し過ぎてしまったらしい。
「京、ちゃん?」
一向にイエスともノーとも言わない自分に、芽生が不安そうに瞳を揺らせる。
考えてみれば今日、この子は長いこと慣れ親しんできた家を焼け出されたばかりではないか。あんまりにも気丈に振る舞うものだから失念しかけていたが、二十歳をほんの数年過ぎた程度の小娘が、そんな一大事に平気でいられるわけがないじゃないか。
家が燃えると言うことは、その中にあった家財道具や大切に保管していたもの、果ては明日以降身に着ける服飾品にいたるまで全て失くしたも同然。なにも思わないわけがないのだ。
ましてや芽生にはまだ言えていないが、あれは放火だ。
ついさっき千崎から『カシラ、神田さんの家の。やはりアレは不審火でした』と案の定な報せを受けたばかりの京介である。だが、肝心の放火犯の目星がついていないという報告に、柄にもなく苛立ってしまった。
出火時、芽生の家には《《まるで在宅時》》のように明りが煌々と点っていたというし、もしかしたら芽生を狙っての凶行という可能性もあると懸念したからだ。
京介はこういう渡世の性で、十中八九そうだと思った。そうして残念なことにこういう野生の勘めいたものは大抵の場合当たる。
(俺の愛人だと思われでもしたか?)
無論京介にとって芽生はそんな対象ではないけれど、周りから見てもそうだとは限らない。
だが、現に京介は芽生のことを実際の情婦達より大切に扱っている自覚はあったし、芽生可愛さに美味いものを食わせに高級料亭へ連れて行ってやったり、変な男が付きそうになればそれとなくガードだってしてきた。そういうのは見ようによっては、特別な女に対する待遇だとも取れるだろう。
(でなきゃ、孤児で、なんも持ってねぇ芽生が狙われる理由なんてねぇだろ)
『カシラ。あの娘をこっちの世界へ引き入れる覚悟がないなら、あまり関わらないようにすることです。でないと、カシラにゃその気がなくてもこっちへ引きずり込むことになってしまいます』
いつか千崎から言われた言葉が今更のようにチクチクと胸を刺すが、起こってしまったことは取り返せない。
とすれば、京介に出来ることは今後これ以上芽生に危害が及ばないよう全力で彼女のことを守ることだけなのだ。
***
「構わねぇよ」
「え?」
「だからここで寝るの、別に構わねぇって言ってんだ」
「……っ!」
自分から言い出したくせに、OKを出した途端真っ赤になる芽生が可愛くて、京介は思わず笑ってしまった。
「何なら後ろから抱き締めて寝かしつけてやろうか?」
絶対に断ると分かっていて揶揄ったら案の定、「それは必要ないっ。京ちゃんのベッドすっごく大きいから、私、隅っこにちょこっと寝かせてもらえたら大、丈夫、なの、で」とゴニョゴニョ言う。
一応年頃の娘らしく、自分に対する警戒心と恥じらいは持ってくれているらしいと分かった京介は、ちょっとだけホッとして……。
「ま、冗談だ。何もしねぇから、安心しろ」
京介はいつも通り。芽生の頭を掻き回すように乱暴に撫でて、「髪の毛ぐしゃぐしゃになっちゃう!」と抗議する芽生を横抱きに抱え上げた。途端、「やん! 京ちゃん、重いから降ろしてっ!」とジタバタする芽生を無視して大股でベッドまで歩くと、足で掛け布団を雑に引っぺがしてから芽生を下ろした。
「寝ろ」
抗議を無視されて怒っているんだろうか。真っ赤な顔で自分を睨んでくる芽生の顔を布団を着せかけて見えなくすると、京介は小さく吐息を落としてベッドから離れた。
腕の中で暴れた芽生を落とさないよう気を付けた時、期せずして触れてしまった芽生の《《感触》》が危うく感じられたからだ。
(バカ娘。胸、育ちすぎだろ!)
きっと千崎が芽生の服を持ってきた際、変なことを言ったからに違いない。このところ忙しくて女を抱いていないのもあるだろう。
京介は盛大な溜め息とともに机上の煙草の箱を手に取った。だが芽生がもそもそと動く気配に、そっとそれを元の場所へ戻した。
一瞬別室で吸うことも考えたけれど、一人は怖いと縋ってきた芽生を残して部屋を出る気にはなれなかった。
思いっきり泣いたせいで、そのつもりはないのにヒクヒクとしゃくり上げてしまう。それをもどかしく感じながら、どう説明しようか考えていたら逆にそれが功を奏したのか、「怖い夢でも見たのか?」と優しく涙を拭われて、芽生は渡りに船とばかりにコクコクとうなずいていた。頬に触れる京介の大きな手から香ってくる煙草のにおいにさえドキドキしてしまうのは、恋心のせいだろうか? それとも京介に嘘をついてしまっている罪悪感からだろうか。
(京ちゃん、嘘つきでごめんなさい)
そう心の中で謝りながら、芽生は京介の服をギュッと握った。
「ひ、とりで寝るのっ、怖、いの。……こ、んやは……ここで寝ちゃ、ダメ?」
怖い夢を見て、つい京介に縋りついてしまった。
そんな体を演じながら京介をじっと見上げていたら、自分でも驚くようなセリフが口をついていた。
きっと京介を一人にしたら、またさっきの〝怖い京ちゃん〟に戻ってしまいそうで怖かったから――。芽生は何とも不埒なおねだりに、懸命にもっともらしい理由を付けた。
***
腕の中でフルフルと震えながら、幼い頃から見知った娘が、大きな目で自分を見上げてくる。
その姿に庇護欲をくすぐられた京介がほぼ無意識、芽生の頬を伝う涙を拭ってやったと同時、「今夜はここで寝ちゃ、ダメ?」とか……。まるで添い寝を求めているとも取れるとんでもない言葉が彼女の口から飛び出してきて、京介は思わず瞳を見開いた。
もちろん、異性から一緒に寝て欲しいと請われたことなんて初めてじゃない。実際その望みを叶えてやったことだって何度もあったし、その見返りにそんな女たちの身体を有難く頂いてきた京介だったが、芽生からそんなことを言われるとは思ってもいなかった。正直物凄い不意打ちを喰らった気分だ。
だが、芽生の泣き濡れた瞳を見下ろして、京介はすぐに自分の考えの愚かさに舌打ちする。
(子ヤギに限って、ンな色艶めいた下心なんてあるわけねぇだろ)
そこまで考えが至るのに、つい熟考し過ぎてしまったらしい。
「京、ちゃん?」
一向にイエスともノーとも言わない自分に、芽生が不安そうに瞳を揺らせる。
考えてみれば今日、この子は長いこと慣れ親しんできた家を焼け出されたばかりではないか。あんまりにも気丈に振る舞うものだから失念しかけていたが、二十歳をほんの数年過ぎた程度の小娘が、そんな一大事に平気でいられるわけがないじゃないか。
家が燃えると言うことは、その中にあった家財道具や大切に保管していたもの、果ては明日以降身に着ける服飾品にいたるまで全て失くしたも同然。なにも思わないわけがないのだ。
ましてや芽生にはまだ言えていないが、あれは放火だ。
ついさっき千崎から『カシラ、神田さんの家の。やはりアレは不審火でした』と案の定な報せを受けたばかりの京介である。だが、肝心の放火犯の目星がついていないという報告に、柄にもなく苛立ってしまった。
出火時、芽生の家には《《まるで在宅時》》のように明りが煌々と点っていたというし、もしかしたら芽生を狙っての凶行という可能性もあると懸念したからだ。
京介はこういう渡世の性で、十中八九そうだと思った。そうして残念なことにこういう野生の勘めいたものは大抵の場合当たる。
(俺の愛人だと思われでもしたか?)
無論京介にとって芽生はそんな対象ではないけれど、周りから見てもそうだとは限らない。
だが、現に京介は芽生のことを実際の情婦達より大切に扱っている自覚はあったし、芽生可愛さに美味いものを食わせに高級料亭へ連れて行ってやったり、変な男が付きそうになればそれとなくガードだってしてきた。そういうのは見ようによっては、特別な女に対する待遇だとも取れるだろう。
(でなきゃ、孤児で、なんも持ってねぇ芽生が狙われる理由なんてねぇだろ)
『カシラ。あの娘をこっちの世界へ引き入れる覚悟がないなら、あまり関わらないようにすることです。でないと、カシラにゃその気がなくてもこっちへ引きずり込むことになってしまいます』
いつか千崎から言われた言葉が今更のようにチクチクと胸を刺すが、起こってしまったことは取り返せない。
とすれば、京介に出来ることは今後これ以上芽生に危害が及ばないよう全力で彼女のことを守ることだけなのだ。
***
「構わねぇよ」
「え?」
「だからここで寝るの、別に構わねぇって言ってんだ」
「……っ!」
自分から言い出したくせに、OKを出した途端真っ赤になる芽生が可愛くて、京介は思わず笑ってしまった。
「何なら後ろから抱き締めて寝かしつけてやろうか?」
絶対に断ると分かっていて揶揄ったら案の定、「それは必要ないっ。京ちゃんのベッドすっごく大きいから、私、隅っこにちょこっと寝かせてもらえたら大、丈夫、なの、で」とゴニョゴニョ言う。
一応年頃の娘らしく、自分に対する警戒心と恥じらいは持ってくれているらしいと分かった京介は、ちょっとだけホッとして……。
「ま、冗談だ。何もしねぇから、安心しろ」
京介はいつも通り。芽生の頭を掻き回すように乱暴に撫でて、「髪の毛ぐしゃぐしゃになっちゃう!」と抗議する芽生を横抱きに抱え上げた。途端、「やん! 京ちゃん、重いから降ろしてっ!」とジタバタする芽生を無視して大股でベッドまで歩くと、足で掛け布団を雑に引っぺがしてから芽生を下ろした。
「寝ろ」
抗議を無視されて怒っているんだろうか。真っ赤な顔で自分を睨んでくる芽生の顔を布団を着せかけて見えなくすると、京介は小さく吐息を落としてベッドから離れた。
腕の中で暴れた芽生を落とさないよう気を付けた時、期せずして触れてしまった芽生の《《感触》》が危うく感じられたからだ。
(バカ娘。胸、育ちすぎだろ!)
きっと千崎が芽生の服を持ってきた際、変なことを言ったからに違いない。このところ忙しくて女を抱いていないのもあるだろう。
京介は盛大な溜め息とともに机上の煙草の箱を手に取った。だが芽生がもそもそと動く気配に、そっとそれを元の場所へ戻した。
一瞬別室で吸うことも考えたけれど、一人は怖いと縋ってきた芽生を残して部屋を出る気にはなれなかった。