組長さんと年下彼女~今日から同棲始めます~
8.さらわれた芽生
「はい」

 芽生(めい)はこういう高級マンションには不慣れで、応答はしてみたものの何をどう操作したらいいのかさっぱり分からなくて……すぐに不用意にチャイムへ反応してしまった自分を悔やんだ。

「すんません。自分、木田って言うんっすけど組長が出先で怪我をしまして……《《上から》》貴女のことを迎えに行くように言われまして」
「えっ!?」
 京介が怪我をしたと言われて、芽生はにわかに慌ててしまう。
「あのっ、京ちゃんはっ」
 モニターに映っている顔は、千崎(せんざき)でも石矢(いしや)でもない、見たことのない男だった。というより、目深(まぶか)に帽子を被っているせいで、ほとんど顔が見えない。
 だが、京介から石矢以外にも事務所に住まわせている〝部屋住み〟という若手の男の子たちが何人かいると聞いたことがある芽生は、その中の一人かな? と思った。
「すんません。俺にも詳しいことは分かんないんっす。とりあえず一緒に来てもらえたら分かりますんで……下まで降りてきてもらえますか?」
 言われて、彼に指示を出したのは千崎さんだろうか? と思った芽生は、テンパる余り、京介に部屋を出たら自力で中へ戻るのは無理だぞ、と言われていたことも忘れて、「はい、分かりましたっ。すぐ降ります!」と答えてしまっていた。


***


 芽生(めい)がいそいそと下へ降りると、コンシェルジュが「行ってらっしゃいませ」と声を掛けてくれる。
 そんな彼女に小走りのまま立ち止まらずにペコッと頭を下げて通り過ぎると、芽生は木田に指示されたエントランスまで急いだ。
 中へ入るのは色々とセキュリティが働いて大変なマンションだけれど、出るのにはそれほど手間が掛からないらしい。エレベーターだってカードキーなしに動いてくれたし、芽生がエントランスにある自動ドアのところへ立つと、すんなりと《《一つ目の》》ドアが開いた。この扉は、確か外から入ってくる時にはすぐそこに見えるタッチパネルへカードキーを(かざ)すなりなんなりしなければ開かなかったはずだ。
 その扉が難なく開いたことにホッと胸を撫で下ろした芽生は、もうひとつある自動ドアの先、マンション外へ立つ男の元へ小走りに駆け寄った。

「す、みませんっ、お、待たせ……しましたっ」
 急ぐあまり息を切らしながら近付いた芽生に、いつも石矢がしているみたいにエントランス前の車寄せに停めていた車を指し示しながら、木田が「乗って下さい」と後部ドアを開けてくれる。
 それはいつも京介が石矢に運転させている高級セダンとは似ても似つかないワンボックスカーだったけれど、京介の組では何台かの車を所有していて、用途によって使い分けていると言っていた。きっとそのうちの一台なんだろうと思った芽生は、何の疑いも持たずにその車に乗り込んだのだった。


***


「シートベルトしてくださいね」
 いつも京介と並んで後部シートへ座る時にも、京介から同じように言われている芽生(めい)は、素直にその言葉に従った。

 シートベルトが装着されるカチャッという音を確認するなり、すぐさまマンションの敷地を出て車が走り出す。次々に流れていく街並みを眺めながら、芽生は(どこに向かっているんだろう?)と思う。
「あの、京ちゃんはどこの病院に……」
 問い掛けたけれど返事はなくて、(聞えなかったのかな?)とか(運転に集中していらっしゃるのかな?)とか(京ちゃんたちの世界では、運転中の運転手さんは存在を消さなきゃいけないんだったっけ?)とか京介とのドライブで学んだアレコレを織り交ぜながら、芽生は色々考えた。
 この辺りだと、救急で運ばれる病院はあの総合病院とあそこの大きな病院かな? とか頭の中でこねくり回してみるものの、芽生は車を運転しないのでルートがよく分からない。

 そんなわけで車が走り出して十分くらい、芽生は大人しくシートに収まって窓外を流れていく街並みに視線を向けていたのだけれど――。
(あれ? この辺って繁華街じゃない?)
 芽生には余り縁のない、飲み屋やバーなどが立ち並ぶ、いわゆる夜に活気づく一画へ車が入ったのに気が付いて、芽生の頭の中は疑問符で一杯になる。
「あの……この辺って病院ありましたっけ?」
 芽生が知らないだけで、京ちゃんの組御用達の個人病院なんかがあるのかも知れない。
 そう思って問い掛けた芽生だったのだが、ミラー越しに確かに目が合っているはずなのに、木田は何も答えてくれない。そのことに、芽生は段々不安になってきた。
「木田さん?」
 ソワソワと運転席に座る彼の名を呼んだ丁度その時、ちょっぴり古めかしい雰囲気の雑居ビル前で車が停まった。
(ひょっとしてこのビルの中に病院がテナントとして入っているの?)
 などと思った芽生だったけれど、どう見てもそんな雰囲気ではなさそうだ。
「あの……京ちゃんは……」
 芽生が眉根を寄せて再度運転席へ向けて口を開いたのと同時、自分が座っている側のスライドドアが外から開けられてビクッと身体が跳ねる。
 運転席に座る木田にばかり気を取られていて、車外に人が寄ってきていたのに気付けなかったからだ。
「降りろ」
「ヤッ」
 ぶっきら棒に言うなり、ヌッと伸びてきた木田と同年代くらいの男の手から思わず逃げるようにシート上を逆サイドへ移動しようとした芽生だったのだけれど、シートベルトのせいで思うように動けなくてすぐさま捕まってしまう。
「イ……――」
 イヤぁーっ! と叫びたかったのに、悲鳴を上げようとした口をグッと大きな手で塞がれて、声を封じられてしまう。
 おまけにもう一方の手でがっしりと抱え込まれて動きを封じられた芽生は、恐怖で身体がすくんで思わず涙がポロリとこぼれ落ちた。
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